高橋大輔と羽生結弦が巻き起こしたスタンディングオベーション=フィギュアGPファイナル・男子シングル

青嶋ひろの

公式練習から始まった“ジャンプ合戦”

ファイナル初出場の羽生結弦。SPでは4回転のミスがあったが4位につけた 【坂本清】

 2011年のグランプリ・ファイナル。男子シングルは前日の公式練習から、普段の試合とは少し違う空気が流れていたかもしれない。
 ミハル・ブレジナ(チェコ)、ハビエル・フェルナンデス(スペイン)、そして羽生結弦(東北高)と、初出場の3人が名うての4回転ジャンパー。彼らを中心としたジャンプ合戦でまず火花が散り、プログラムも振りやジャンプを抜かずにフルで滑リ通してしまう選手が続く。まるで試合前の6分練習が延々続くように、前日練習にしてはかなりヒートアップ。そしてまだシーズン前半の折り返し地点であるファイナルらしくもない、異様な熱気が渦を巻いていた。若手3人の「ここで名前を上げたい!」という闘争心に引きずられるように、全選手が練習から全力で戦っていたこの日――この時点での、日本選手ふたりのコメントが面白い。

「ここにいられるだけで光栄な試合、ファイナル。今日の僕は、この雰囲気に飲まれるような練習をしてしまいました。とにかく自分のことで精一杯だった。もっと自分から空気を醸し出せるように、練習しなければいけないのに……」(羽生)
「今回はみんな、空気が良いですね。勝負してるな、って雰囲気の中で練習できている。これは明日から、刺激のある楽しい試合ができそうです」(高橋大輔・関大大学院)
 こんな練習を見ていたからか、ショートプログラム(SP)で出場選手6人全員にミスが出たときには、「やはり……」という雰囲気が漂った。ファイナルに慣れているはずのパトリック・チャン(カナダ)やジェレミー・アボット(米国)を含め、選手全員気合が入り過ぎだったことに、各コーチやジャッジも苦笑気味。

日本勢がSPでの挑戦で得た収穫

7季ぶりにSPで4回転に挑戦した高橋大輔。失敗の影響もあり5位と出遅れた 【坂本清】

 しかしそのなか、それぞれに収穫を得たのが日本の2選手だった。4回転ジャンプで回転不足、かつ両足着氷。さらにトリプルルッツでステップアウトした高橋は、SP5位発進。しかし2005年のモスクワ世界選手権以来、実に7シーズンぶりにSPでの4回転挑戦を見られたのは大きい。
「久しぶりにSPで4回転に挑戦したことで、緊張感は大きかったですね。でも今後を考えれば、ここで一度経験できたことは、すごく大きい。絶対に次につながると思いますし、次につなげればいけないですね!」
 ジャンプ以外の評価も高い高橋ほどの選手ならば、無理をしてSPで4回転を跳ぶ必要はないのかもしれない。しかし若手たちの熱気に刺激を受けたような、また、今後さらにレベルの高くなりそうな4回転時代に挑むことを宣言するような挑戦だった。

 一方の羽生は、高橋とは逆に4回転を入れることで先輩格の選手に対抗しようという立ち位置の選手だ。練習での高確率もあり、ぜひとも成功させたいところだったが、残念ながらステップアウト。しかし4回転のミスがありながら、スピンやその他のジャンプの評価が高く、エレメンツスコアは全選手中2位。ロシア杯に続き、4回転を入れなければ上位に太刀打ちできない選手ではないところを見せてくれた。

観客を総立ちにさせた高橋のフリー

 そんなホットな一夜が明け、翌日のフリー。SPで自分なりの戦い方を見せた日本勢二人は、フリーでさらに素晴らしい演技を披露してしまった。
 先に出てきた高橋は、4回転で手をついた以外、ほぼパーフェクトに近い演技。しかもこれまでの彼とはまた違う、ダークで危うささえも感じる色気をブルースで表現し、スケート好きのカナダの観客を総立ちにさせてしまう。25歳にしてまた新しいダイスケ、“魔性のダイスケ”開眼、とでも言いたいようなフリーだった。
「4回転とスピンの取りこぼし一つ以外は、今シーズン一番の演技ができましたね。NHK杯までは後半にバテていたんですが、今日は後半でも気持ちがどんどん盛り上がり、足にも疲れを感じなかった。お客さんもジャッジも、目を合わせるとほほえんでくれたりして、演技に対して『返事』があったのもうれしかったです。僕もしっかり乗せられて、最後まで楽しく滑れましたよ!」と、自分に厳しい彼にしては珍しく満足げなコメント。さすがファイナル経験も豊富な日本のエース、SPでの4回転挑戦も含め、この時期の試合としてのグランプリファイナルを、しっかり消化しきったようだ。

高橋の好演技に続いた羽生

羽生は渾身の演技でフリーの自己ベストを更新 【坂本清】

 続いて、高橋への大歓声が鳴り止まぬなか、緊張の面持ちで登場したのが羽生。7日に誕生日を迎えたばかりの17歳は、どうやらこの大会期間中だけでもまたさらに成長したよう。前日の公式練習では「雰囲気に飲まれていた」はずなのに、この日にはもう「自分でもびっくりするくらい緊張していなかった。もうちょっと緊張した方がいいと思ったくらいです(笑)」などと余裕を見せてしまう。

 そんな彼がプログラム冒頭に決めたのは、ロシア杯のSP、フリー、ファイナルのSPと、3回連続で決められずにいた4回転トゥループ! さらにこの日の演技は、彼の若さのすべて、勝ちたい気持ちのすべてを爆発させる迫力を持ちつつ、見るものを吸い寄せるようなあたたかさがあった。ジャンプも次々と成功させ、もしやこのままノーミスか、と思われた矢先……最後の最後のトリプルサルコウで、大きく着氷を崩すミス。会場は悲鳴に包まれ、本人も終わった直後は放心状態。しかしそんな彼をすぐに包みこんだのは、あまりにもフレッシュな、そしてあともう一歩のところで……という、デビュー戦らしい演技に対する、大きな喝さいとスタンディングオベーションだった。観客たちはこの17歳の新人に大きな好感と興味を持ち、素晴らしいファイナルデビューを祝福してくれたように見えた。

 羽生結弦、十分戦った――そんな気持ちで報道陣が、満足のコメントを期待して集まったのに対し、答えた羽生の言葉がまた興味深い。「着氷はしましたが、4回転はきれいに流れ切らなかったし、今日の感触は好きじゃない。自分としては70〜80点くらいの4回転です。他のジャンプも最後の方はきれいに降りている感覚がなかったし、流れのないジャンプで生まれた疲れを、集中でカバーしきることもできなかった……」
 最後のサルコウはともかく、4回転を含めすべてに加点の付いた高評価ジャンプにも不満。一方、「でもこれで、ちょっとだけでも海外で評価されることは見せられたかな。そのことを過信せず、この経験をしっかり生かして、全日本、世界選手権に向けていきたいと思います」とも。こちらがその試合について尋ねるより前に、自ら「世界選手権」をシーズン後半のスケジュールに想定した発言をしたのだ。演技だけでなく、勝気で強気で、自分に厳しく、確固とした意思を持ったコメントも見事だった。

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著者プロフィール

静岡県浜松市出身、フリーライター。02年よりフィギュアスケートを取材。昨シーズンは『フィギュアスケート 2011─2012シーズン オフィシャルガイドブック』(朝日新聞出版)、『日本女子フィギュアスケートファンブック2012』(扶桑社)、『日本男子フィギュアスケートファンブックCutting Edge2012』(スキージャーナル)などに執筆。著書に『バンクーバー五輪フィギュアスケート男子日本代表リポート 最強男子。』(朝日新聞出版)、『浅田真央物語』(角川書店)などがある

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