錦織圭、世界ランク25位の実力とこれからの課題=上昇カーブの2011年を振り返る

内田暁

憧れのフェデラーに敗れ「まだ先は遠い」

バーゼル大会でジョコビッチを破りたどりついた決勝だったが、フェデラーの壁は厚く、準優勝に終わった 【Getty Images】

「こんなに強い選手が居るんだと、ショックでもあった。まだ先は遠いなと感じました」
 これが、ロジャー・フェデラー(スイス)と戦った際に、錦織圭(ソニー)の体を満たした率直な感覚だ。
 錦織は常々、テニス界が生んだ最高傑作との名声を誇るフェデラーを、憧れの選手だと公言している。フェデラーは、今期こそグランドスラム無冠に終わったものの、これまで16のメジャータイトルを手中に収め、そして今シーズンもランキング3位につける史上最高のプレーヤーだ。

 その憧れであり目標とする選手と錦織は、11月6日に、フェデラーの地元であるスイス・バーゼル大会の決勝で、ついに対峙(たいじ)した。頂上決戦に至るまでに、世界1位のノバック・ジョコビッチ(セルビア)をも破っていた錦織は、試合前には「フェデラーにも勝てるんじゃないか」とまでに自信も深めていたという。だが実際にラケットを交えての感想は「何もできなかった」。憧れた選手に対する、畏敬の念ばかりが募る敗戦だった。

 一方のフェデラーは、錦織を破り地元で賜杯を抱くと、かつての輝きを取り戻す。以降はパリのマスターズ、さらには年間ランキング上位8選手により競われる“ATPツアー最終戦”をも制し、30歳になった今もなお、世界の頂点に立つ力があることを示したのだ。

 錦織は、その生きる伝説とも言えるフェデラーと戦い、「まだ先は遠い」との悔しさに苛まれた。言い換えればそれは、錦織がフェデラーの居る場所を目指していることの意思表示。

 世界の25位。今の立ち位置から、世界の頂点は遠いながらも、確実に見えている。

トップ8選手相手に4勝4敗

 先述した“ATPツアー最終戦”だが、この大会に参戦した選手の顔ぶれを見ていくと、実に興味深いことに気がつく。
 大会参戦選手である今季の上位8選手のすべてと、錦織は今年対戦しているのだ。しかもその内、ジョコビッチを含む4選手に勝利している。

 世界のトップ8との対戦成績が、4勝4敗。

 言葉にしてしまえばこれだけだが、その内訳はとてつもない。これはすなわち、錦織が持てる力を発揮すれば、世界のほんの一握りと互角に戦える力があることを物語っている。しかもその内の3勝が、10月以降の1カ月の間に奪ったものである。

 では、この一年でランキングを98位から25位(最高24位)にまで上昇させた錦織の、その急成長の要因とは何だったのか? 

 錦織に限らず、多くのトップ選手にとりランキングの推移とは、決して正比例的な右肩上がりではない。何かの契機に一挙に上昇し、しばらく横ばい状態が続いた後、また大きな上昇カーブを描く。錦織にとっては、今シーズン終盤の上海マスターズベスト4、そしてバーゼル準優勝が、そのジャンプアップの機となった。

 さら細かく見ていくと、この急上昇の契機となったのが、快進撃の嚆矢(こうし)となる上海マスターズの初戦だったという。
 この試合の錦織は、本人いわく「今年で一番悪いくらいの調子」であり、果たして試合終盤まで0−6、1−4と、スコアもプレーの不調をそのまま反映していた。だがそこから「自分のミスを減らして、とにかく相手のコートに返すようにしたら、流れが変わった」と言う。そしてそのあたりから、「自分が無理して攻めなくても、相手にリスクを負わせてポイントを奪い、勝つ方法が分かってきた」のだ。
 これは、今期から錦織のコーチについた名将ブラッド・ギルバートの教条である「相手に負けさせるテニス」の実践と言えるだろう。結果、この試合を大逆転勝利でものにした錦織は、手持ちのカードを最大限に生かし勝利する術を感得したのだ。試合の中でしのぐところはしのぎ、そして上位選手相手には、ドロップショットやサーブ&ボレーなどの奇襲も交えつつポイントを奪いに行く。その攻守の切り替えや、リスクと我慢の妙味が結実しての、ジョコビッチやジョー・ウィルフリード・ツォンガ(フランス=対戦時世界ランク8位)戦の勝利である。

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著者プロフィール

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。京都在住。

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