魔女スノーフェアリーの弱点、これが淀の“虎の子渡し”

乗峯栄一

「競馬新聞の夫」と「クロスワードの嫁」

“魔女”スノーフェアリーの弱点、すでに分かっているぞ 【スポーツナビ】

 うちで取っている新聞には毎週金曜の夕刊に一面全体に渡るような大きなクロスワードパズルが載っている。嫁がこのパズルのファンで、毎週週末になると「競馬新聞の夫」と「クロスワードの嫁」がそれぞれエンピツを持って静かに対峙するというのが、居間の定番風景となる。

 それはいいが、対峙しているはずのこの嫁がときどき質問してくるということがあって、このときだけは「知らん」とは言えない。知っているんだから。いくら競馬新聞に印を入れているにいても「オレは溢れる知識の上に、さらに競馬新聞に印を入れとるんや」という雰囲気は出しておかねばならない。

竜安寺石庭で渡している“トラ○○”

去年秋華賞前のアパパネと福田調教厩務員、牝馬限定GI完全制覇へ復活なるか 【写真:乗峯栄一】

 以前は「ねえ、“竜安寺石庭では渡している”というヒントなんだけど、何だと思う? 答えは“トラ○○”なんだけど、トランプかなあ? そんな訳ないか、ははは。……こんなの分からないよねえ?」と、最後は何だか「あなたに聞いたわたしがバカだった」みたいな雰囲気が出ていたので、これは頭に来た。オレに分からないことがあるか。
「トランプなんか渡すか。竜安寺は何度も行ったけど、坊さんが“よくお参りでしたね、はいお土産にトランプですよ”とか言ったりするか。もちろん答えはオレには分かっている。分かっているが、すぐ答えたら、キミのためにならん。よく考えてみなさい」と大所高所からのアドバイスを与えておいて、競馬新聞持ったままコソコソと自分の部屋に入って、あっちの本やこっちの本、ネット検索なども駆使して必死に調べる。2時間調べてこれは「虎の子」であると判明する。

 中国の故事で、母虎が子供の虎三匹を川を渡したいのだが、この三匹のうち一匹は母親がいなくなると他の二匹を食べてしまう乱暴虎なので、さてどうしたものか。思案した母虎は乱暴虎一匹をまずくわえて川を渡し、次におとなし子を渡して帰りに乱暴虎をくわえて帰って、その乱暴虎を置いて、今度はもう一匹のおとなし虎を渡すという、そういうことを繰り返して三匹とも渡すというものらしい。そういう知恵者の行動を「虎の子を渡す」と言い、竜安寺石庭の置き岩は、その母虎が子供虎をくわえて川を渡っている姿を表しているということだ(とてもそんな風には見えないが)。

筒井順慶は洞ヶ峠で、人生のやりきれなさを感じたんだろうか?

 それはまあいい。これを知ったからってどうなるということではないが、あちこち調べて一応そういうことが分かったんだから、これは損にはならないだろう。しかし問題なのは、競馬検討放り出して、2時間必死で調べて答えを出し、プリントアウトした資料なんか持って意気揚々と居間に戻り、答えを教えてやろうとしたとき、質問した当人がグーグー高いびきで寝ていることだ。何でそんな性格なんや!と心底腹が立つ。

 この前は「日和見(ひよりみ)を決め込む場所って何? ホ○○トウゲなんやけど」と来た。「ホ、ホ、ホ?……ホラガトウゲか? そんなの聞いたことあるけど」と答えると「はいはい、それでタテ横埋まるわ」と嫁はすぐに納得してエンピツなめて書き込んでいたが、答えた方が「ホラガトウゲって何やった?」と納まらない。
 調べた。これもすぐさま自分の部屋に戻って辞書引いた。京都八幡(やわた)市と大阪枚方(ひらかた)市の間、石清水八幡宮のある男山の南方の峠を「洞ヶ峠(ほらがとうげ)」と言う。淀競馬場のすぐ近所だ。
 奈良の大名・筒井順慶が自軍をこの峠まで進めたが、本能寺後の明智光秀と備中帰り羽柴秀吉の天王山の戦いをどっちにも加担せず、この場所で眺めていた。これを「洞ヶ峠を決め込む」と言うらしい。

 夜中3時「強い外国馬がやってきたとき、心情的には日本馬の方を応援したいが、勝つのは外国馬だろなあなどと馬券も買わず、じっとGIを見ているようなもんや」と言いに行ったら、敵は新聞とエンピツ顔においてすでに高いびきだった。筒井順慶というのは、洞ヶ峠で、こんな風に人生のやりきれなさを感じたんだろうか?

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著者プロフィール

 1955年岡山県生まれ。文筆業。92年「奈良林さんのアドバイス」で「小説新潮」新人賞佳作受賞。98年「なにわ忠臣蔵伝説」で朝日新人文学賞受賞。92年より大阪スポニチで競馬コラム連載中で、そのせいで折あらば栗東トレセンに出向いている。著書に「なにわ忠臣蔵伝説」(朝日出版社)「いつかバラの花咲く馬券を」(アールズ出版)等。ブログ「乗峯栄一のトレセン・リポート」

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