“古葉マジック”の集大成 愛弟子・伊藤がプロ入りへ=東京国際大から初のドラフト指名

中島大輔

不思議な縁で結ばれていた古葉と伊藤

6月に行われた大学選手権で伊藤にアドバイスを送る古葉監督 【写真は共同】

 菅野智之(東海大)、藤岡貴裕(東洋大)、野村祐輔(明治大)ほどの完成度はない。彼ら“ビッグ3”とは違い、注目を浴びるようになったのは2011年春のことだ。東京国際大の4年生右腕、伊藤和雄。無名投手が阪神の4位指名を受けるまでに急成長したのは、広島を3度の日本一に導いた名将・古葉竹識との出会いがきっかけだった。

 伊藤と古葉は、不思議な縁で結ばれている。08年春、ふたりは新入部員と新監督として、同じタイミングで東京国際大野球部にやって来た。伊藤が所属していた坂戸西高は東京国際大坂戸グラウンドのすぐ裏にあり、07年に足を運んだ古葉が「おもしろいな」と感じてスカウトした。

 古葉は監督の座を引き受ける上で、ふたつの目標を掲げた。毎年6月に神宮球場で開催される全日本大学野球選手権への出場と、プロ野球選手を輩出することだ。

 このふたつを実現させたのが、伊藤だった。

中学時代は補欠…無名投手が最速150キロの本格派へ

 中学時代の伊藤は補欠で、高校時代に投手へ転向した。3年夏は3回戦敗退。184センチ、82キロと恵まれた体格を授かったものの、プロが食指を伸ばす存在ではなかった。

 古葉はプロ時代と同じ手法で伊藤を鍛えた。最初に課したのが、徹底的な走り込みだ。「ピッチャーは肩が強くても、下半身が弱かったら故障してしまいます。満足できる体をつくってから、上のレベルを狙えるようにしています」。伊藤は新チームになった3年秋のリーグ戦終了後も走り込みを続け、4年春にはストレートが最速150キロを計測するまでになった。

 しかし、精神的な弱さを拭い切れないでいた。キレのあるストレートで三振を奪ったかと思えば、ムダな四球をきっかけに自滅を繰り返す。3年時の冬、殻を破り切れない教え子に古葉は聞いた。「お前が目指しているのはどこだ?」。伊藤が「子どもの頃からプロを目指しています」と答えると、古葉は続けた。

「精神面、コントロールにもっと注意を払え。プロでは向かっていく姿勢がないと通用しない。ピンチの時こそ強気で攻めろ!」

 古葉の厳しい口調が、伊藤の胸に突き刺さった。

「上を目指したいなら、今までのような気持ちじゃやっていけないと教えられました。古葉監督に、精神面の弱かったところを強くしていただけましたね。ピンチでも、なにくそと開き直れるようになりました」

大学選手権で見せた快投「最後まで俺がいくしない」

 伊藤は投手陣のリーダーとして自覚を持ち、ピンチでも自慢のストレートで向かっていくようになった。心身ともにたくましさを増すと、古葉の教えが11年春に結実する。東京新大学リーグで7勝を挙げてチームを創部46年目の初優勝に導き、神宮で行われた全国大会で快投を見せた。
 1回戦の龍谷大戦は162球を投げて完投勝利。翌日に行われた2回戦の東京情報大戦では1対1で迎えた9回1死2塁の場面で「伊藤しかいない」とマウンドに送り出され、連続三振でその後の逆転勝ちにつなげた。人生初の3連投となった準々決勝の日体大戦では好投手・ 辻孟彦と投げ合い、8安打7四球ながら166球完封勝利。古葉は2、6、7回のピンチでマウンドに足を運び、伊藤は「最後まで俺がいくしない」と見事に投げ切った。

「俺は古葉さんに99パーセント影響されている」と言う高橋慶彦(現千葉ロッテ2軍監督)が、恩師について「人間の能力っていうか、流れを感じる人だよね。選手の能力を見て、人の心の動きも見えるんだろうね」と話していたことがある。伊藤が日体大戦で度重なる絶体絶命のピンチを迎えても、古葉は「リーグ戦でも、ランナーを出しても平気で抑えていた。バッテリーで決めたボールを投げればいい」と冷静に伝え、伊藤はその言葉に応えた。ピンチで逃げる姿は、もうなかった。

古葉監督からプロの世界に旅立つ伊藤へのメッセージ

 春の飛躍を経て、プロの世界へ。古葉は「1、2年目が大事」と見ている。
「1、2年目で鍛え直せば、体、肩、バランスも良くなります。コーチもたくさんいるし、トレーニングの器具もいろいろある。それを活用して、レベルの高い力を作るのが一番大事」

 強豪校とは異なり、東京国際大では3年時まで授業がみっちりある。夕方5時から練習を始め、8時半に終わるという日も少なくない。古葉によると、上背のある伊藤が横にガッシリしてきたのは、今年になってからとのことだ。

「伊藤は球の力は持っています。あとはコントロール。変化球をもっと磨いて、ストレートを生かせるピッチャーになってほしい。もっと筋力を強化すれば、必ず150キロ前後で勝負できるピッチャーになります」

 指揮官に叱咤された伊藤は、プロでの目標をこう答えた。

「藤川(球児)さんの真っすぐを勉強したい。一番自信のある変化球はチェンジアップですけど、まだまだなのでもっと磨きたいです。先発なら、最低10勝できるピッチャーを目指して頑張りたい」

 名将・古葉竹識と出会ったことで、プロへの道を切り開いた伊藤和雄。創部46年目の東京国際大野球部で、史上初めてドラフト指名された。今後進む世界には、百戦錬磨の難敵が待っている。古葉の教えを受け、“弱気の虫”から脱皮した右腕は、いかなるピッチングを見せてくれるのか。

 甲子園のマウンドで伊藤が躍動する姿を、今か、今かと古葉は楽しみにしている。

<了>
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著者プロフィール

1979年埼玉県生まれ。上智大学在学中からスポーツライター、編集者として活動。05年夏、セルティックの中村俊輔を追い掛けてスコットランドに渡り、4年間密着取材。帰国後は主に野球を取材。新著に『プロ野球 FA宣言の闇』。2013年から中南米野球の取材を行い、2017年に上梓した『中南米野球はなぜ強いのか』(ともに亜紀書房)がミズノスポーツライター賞の優秀賞。その他の著書に『野球消滅』(新潮新書)と『人を育てる名監督の教え』(双葉社)がある。

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