ユングベリ、全盛期とは異なるもう1つの才能
ビッグネームが清水にもたらした変化

Jリーグに久しぶりにやって来た大物

ユングベリは自身の役割について、「中盤で落ち着いてボールを回すこと」と話す
ユングベリは自身の役割について、「中盤で落ち着いてボールを回すこと」と話す【Getty Images】

「ニホンニコレテ、ホントウニウレシイデス」


 9月8日にアウトソーシングスタジアム日本平で行われた入団会見で、フレドリック・ユングベリはたどたどしい日本語であいさつし、会見の2日後には、ジュビロ磐田との静岡ダービーでJリーグデビューを果たした。あれから約1カ月半が経過した。


 つま先のけがの影響もあり、現在までにユングベリが90分フル出場した試合はわずか1試合にとどまっている。リーグ戦5試合(252分)、カップ戦2試合(73分)と、出場時間は期待されたほど多くない。この数字だけを見ると、チームを救う絶対的な外国人助っ人選手としては物足りないかもしれない。だが、ユングベリ加入後の清水エスパルスは、9試合を戦い、5勝2分け2敗(リーグ戦3勝2分け1敗、カップ戦2勝1敗)と好調を維持している。


 Jリーグに久しぶりにやって来た大物選手、ユングベリは清水に何をもたらしたのだろうか。

サイドではなくトップ下でプレーする理由

 ユングベリといえば、イングランドのプレミアリーグ・アーセナル在籍時には、アーセン・ベンゲル監督の下で数々のタイトルを勝ち取り、黄金期を築いた主力選手であると同時に、スウェーデン代表としても国際Aマッチ75試合出場という実績を誇るビックネームである。そのプレースタイルは、圧倒的なスピードとフィジカルを生かした縦への突破力、一瞬のキレで相手DFの間を抜きゴールへ迫る攻撃力が持ち味だ。まさにワールドクラスの選手。そういったイメージが誰の頭にも残っていることだろう。しかし、現在、清水でプレーするユングベリは全盛期のスタイルとは異なる。


 理由はいくつかあると考えられるが、1つには清水でのユングベリはサイドではなく、トップ下で起用されている点にある。これには、ユングベリの清水への加入時期という点も考慮されているのだろう。昨シーズン、ユングベリはセルティックでプレーしていた。とはいえ、スコットランドでのリーグ戦は5月末で終わっており、9月初旬に清水へ加入するまでの約3カ月はチームでの練習をしていない。その間、個人的に体を動かしてトレーニングを積んでいたようだが、やはりフィジカルが十分でないことは確かだった。


 それゆえ、清水の練習に合流した当初、われわれが持っていたイメージとは違い、体は重そうだった。そのような状況であれば、アップダウンで運動量が多いサイドでの起用ではなく、比較的運動量の少ないトップ下での起用の方が、よりユングベリのプレー時間、可能性を広げられると、アフシン・ゴトビ監督は考えたのかもしれない。


 そして、もう1つはユングベリの持つ別の才能にあった。指揮官はユングベリのプレーに関して、「フレディ(ユングベリ)は試合の中の決定的な場面で落ち着きや質を持っている。ゴールやゴールにつながるパスを決める高い質を持っているので、周りの選手の良いところを引き出してくれるだろう」と話している。この言葉から判断できるのは、ゴトビ監督がユングベリに最も求めているのは、直接的なゴールそのものよりも、フィニッシュの1つ前の段階での仕事、チームを助けるプレーであることが分かる。


 往年のスター選手も今年で34歳になった。となれば、肉体的な衰えはどうしても隠せない。そのため、ユングベリの個人スキル=「圧倒的なスピード」で局面を打開するだけではなく、もともと持っていたもう1つの才能=「周囲を生かしてゴールを導く力」を引き出すべく、ユングベリをトップ下に配置した意図は理解できる。

飯竹友彦

1973年生まれ。平塚市出身。出版社勤務を経てフリーの編集者・ライターに。同時に牛木素吉郎氏の下でサッカーライターとしての勉強を始め、地元平塚でオラが街のクラブチームの取材を始める。以後、神奈川県サッカー協会の広報誌制作にかかわったのをきっかけに取材の幅を広げ、カテゴリーを超えた取材を行っている。「EL GOLAZO」で、湘南ベルマーレと清水エスパルスの担当ライターとして活動した。現在はフリーランスの仕事のほか、2014年10月より、FMしみずマリンパルで毎週日曜日の18時から「Go Go S-PULSE」という清水エスパルスの応援番組のパーソナリティーを務めている。2時間まるごとエスパルスの話題でお伝えしている番組はツイキャス(http://twitcasting.tv/gogospulse763)もやっています。

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