イチロー検証<その1>:ボール球に手を出す確率とストライクゾーンの広がり

木本大志

広がったストライクゾーンが原因か

ボール球へ手を出す確率が上がったのは、広がったストライクゾーンに左右された可能性も 【Getty Images】

 少し視点を変え、ストライクゾーンが例年よりも広がっているため、ボールくさい球でも手を出さざるを得ない――つまり、意識してゾーンを広げていたと考えられるか?
と聞けば、「ストライクゾーンはここ数年、広がっている」と言った。「低めと外にね」。
 それは先日、エンゼルスのトリー・ハンターが言っていたのと同じ見立て。ここ数年の投高打低傾向は、薬物時代の終焉と結びつける向きが強いが、ハンターもチャンブリス打撃コーチも、「一因に過ぎない」との見方だった。

 裏には、試合時間の短縮を目指すリーグの意向が働いているともされるが、イチローのデータを調べているときにも、主に外角の球において、多少外れていても、ストライクとコールされている球が多かった。

 では、本当にストライクゾーンが広がっているのか?

 2006年のプレーオフから、PITCHf/xというシステムが導入されたことを受け、現在、ストライクゾーンの研究が進んでいる。それらの記事を読むと、条件によってストライクゾーンが拡張したり、規定通りであったりするようである。

 例えば、3−0(3ボール)のときと0−2(2ストライク)のときでは、ストライクゾーンが違うという傾向がはっきりと出ている。違いは、ボーダーラインと呼ばれる、ストライクとも、ボールともいえるようなコースの判定で、3ボールであれば、ストライクとコールされるケースの方が圧倒的に多いよう。

投手によってストライクゾーンの違いも

 あとは、投手によってもストライクゾーンが違う傾向が出ている。例えば、データ分析に定評がある『ベースボール・プロスペクタス』によれば、2010年のリバン・ヘルナンデスとフェリックス・ヘルナンデス(マリナーズ)を比較した場合、リバン・ヘルナンデス(ナショナルズ)の方が、ボール球でもストライクとコールされる確率が高いと指摘している。

 一つは、捕手のミットが動いたどうかによると、『ベースボール・プロスペクタス』は結論づけており、最初からややストライクゾーンから外れたところに構えていても、そこにズバッとくれば、主審はストライクと判定し、逆にストライクゾーンの外角いっぱいに構えていて、少し外側に外れるとミットも動く。そうすると、ボールと判定される確率が高い、としていた。

 話を戻せば、無条件でストライクゾーンが広がったとは言い切れないため、イチローが適応を迫られていた、との推測には無理があるが、ハンターらベテランの感覚も一概に否定できないところ。イチローに限定して何かを証明するなら、ボールを振る確率が日によっても違うので、リバン・ヘルナンデスのような投手との対戦が多かったのかどうか、各投手との対戦をさらに詳しく整理する必要がありそうだ。

複数の要因が絡んだ不振と復調

 ところで、6月に入ってからのボールを振る確率も調べると、休むまでの9試合はなんと、49.2%という確率だった。ちなみに、ボール球を打って凡打になったのは38打数で14回。逆にボール球を打ってヒットになったのは1度だけ。

 一方、マルチ安打を連日のように重ねた6月11日からの8試合では、ボールに手を出す確率が33.8%に下がり、ボール球を打って凡打になったのは34打数で8回。ボールを打ってヒットになったのは3度だった。

 となると、この前後で、何か大きな修正が加えられたであろうと考えられるが、前出のチャンブリスコーチに聞けば、「特に何か、アドバイスした覚えはない。それだけ違うなら、本人が意識して何かを変えたのだろう」と振り返った。

 続けて、冷静にこんな指摘もしている。

「まあ、何か1か所を、ということではないと思う。いろんな試行錯誤があったのだろう。それが分かるのは、おそらく彼だけ。イチローのコーチは、彼自身だから」

 それは、監督の見方を発展させたもので、選球眼を含め、何かが狂ったのも、戻ったのも、複数の要素が積み重なり、あるいは絡み合って現象として生じた、という捉え方だ。逃げにも聞こえるが、結局、行き着くところは、そこしかないのかもしれない。

 多くの米メディアが主張するように、原因は加齢かもしれないし、前回のコラムで紹介したようにアンラッキーな面があったかもしれないし、あるいは、新しい打撃スタイルを模索した結果かもしれない。それを一つに絞り込むのではなく、それぞれが少しずつ作用した結果と考えた方が、確かに無理がない。きっかけにはなったかもしれないが、ストライクゾーンに左右された、では、1年全体の波を到底説明できないのだ。

 さて、イチローが不振の真相を語るとしたらいつか。
 そもそも、解決しているのか。
 そんな点ではむしろ、イチローは例年よりもファンを巻き込んだと言えるのかもしれない。

<了>
※検証その2に続く

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