福島・富岡高校、変わらぬ情熱で“打倒・尚志”=サッカーができる喜びとともに

安藤隆人

サッカーができる喜びをかみ締めて

大垣市長杯に参加した富岡高校(白)。降り続く雨の中、選手たちは試合に臨んだ 【安藤隆人】

 2011年3月11日の東日本大震災に端を発した福島第一原発事故がいまだ収拾の兆しを見せない福島県。その中で、高校生たちが日々必死に汗を流している。

 今年1月の第90回全国高校サッカー選手権大会で福島県代表の尚志高校は、地元の熱い声援を受けながら快進撃を続け、ベスト4に進出し大きな話題となった。その話題の陰で、尚志にライバル心を燃やし、次は自分たちだと言わんばかりに牙を研ぎ澄ます一つの高校がある。

 福島県双葉郡富岡町にある富岡高校は福島第一原発から半径10キロ圏内にあり、今もなお、立ち入り禁止区域に指定されている。安住の地を追われた形となってしまった富岡高校サッカー部は現在、福島市で活動をしている。地元から離れて早1年がたとうとしている今年3月には、岐阜県で開催された第20回全国高校サッカー選抜大垣大会(通称・大垣市長杯)に初参加していた。

 会場の岐阜長良川メドウ球技場は朝から降り続く雨の影響で、ピッチのあちこちに大きな水たまりができ、ピッチコンディションは最悪だった。しかし、白いユニホームを身にまとった富岡イレブンは生き生きとした表情で、岐阜U−16トレセンとの一戦に臨んでいた。

「今年の福島は雪が多かったんです。なかなかボールを使ったトレーニングができなくて、雪の上を走ったりしていた」。富岡高校サッカー部を率いる佐藤弘八監督は、まず試合ができる喜びを感じていた。パスを出せばボールは止まり、遠くに蹴ろうにもなかなか蹴れない。白いユニホームはたちまち泥と雨で色が変わっていく。そんな環境であっても、試合ができる喜び、何よりサッカーができる喜びをかみ締めていた。

忘れられない試合、貫き通そうとする意志

 富岡高校は3.11以来、学校は福島市にある福島北高校の校舎を、グラウンドは十六沼公園の人工芝グラウンドを、住居は近くの飯坂温泉の旅館を借りて、日常生活、サッカーを行っている。本来あるべき自分たちの学校、自前の人工芝グラウンド、そして寮や自宅はそこにはない。残念ながら、震災から1年たった今もそこに変化は起こっていない。
「現状が全く変わっていない。というより変わりようがない。4月から除染が始まって、元に戻そうとする町があるが、富岡町は(福島第一原発から)近すぎて厳しい。それにライフラインも全く戻っていないし、物が散乱した学校を誰が片づけるのか。片づけたとしても、その物をそのまま使うのか……。問題は山積している」(佐藤監督)

 しかし、その厳しい環境下でも、選手たちはサッカーに情熱を燃やし、目標を持ち続けている。

「ここにいる選手たちは、みんな富岡でサッカーをやりたくて残った選手たち。全員がこのチームで全国大会に出たいと思っているし、何よりサッカーができる喜びを感じている」
 この佐藤監督の言葉の意味は、ボールを追いかけている選手たちの表情を見れば十分に伝わる。そして、貫き通そうとする意志とともに、彼らの心の中には忘れられない試合があるのだ。

 富岡は昨年の選手権の福島県予選で、インターハイ予選決勝で敗れている尚志にリベンジを果たすべく、決勝の舞台に立った。しかし、結果は0−2の敗戦。全力でぶつかったが、あと一歩届かなかった。
「負けたのは悔しい。でも本当に彼らはよくやってくれた。多くの人たちに支えられて、サッカーをすることができた。選手たちには本当に感謝したい。まだ1、2年生、富岡でサッカーをしたいという中学生もいるので、来年こそ絶対に尚志に勝ちたい」(佐藤監督)

 目に涙を浮かべた佐藤監督の姿、いつまでもその場で泣き崩れている選手たちの姿が印象的だった。

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著者プロフィール

1978年2月9日生まれ、岐阜県出身。5年半勤めていた銀行を辞め単身上京してフリーの道へ。高校、大学、Jリーグ、日本代表、海外サッカーと幅広く取材し、これまで取材で訪問した国は35を超える。2013年5月から2014年5月まで週刊少年ジャンプで『蹴ジャン!』を1年連載。2015年12月からNumberWebで『ユース教授のサッカージャーナル』を連載中。他多数媒体に寄稿し、全国の高校、大学で年10回近くの講演活動も行っている。本の著作・共同制作は12作、代表作は『走り続ける才能たち』(実業之日本社)、『15歳』、『そして歩き出す サッカーと白血病と僕の日常』、『ムサシと武蔵』、『ドーハの歓喜』(4作とも徳間書店)。東海学生サッカーリーグ2部の名城大学体育会蹴球部フットボールダイレクター

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