松田直樹、今こそサッカー人生最大の奇跡を起こせ

多岐太宿

攻守の要、欠かすことのできない存在

松田(左から2人目)は松本山雅FCでもピッチ上のリーダー、攻守の要として欠かすことのできない存在だ 【宇都宮徹壱】

 「やばい、やばい……」。そう呟きながら、松田直樹は受け身をとるような姿勢で、その場に崩れ落ちたという。

 松田が松本山雅FCを“新たな舞台”に選んでから、半年が経過した。横浜マリノス一筋16年、『ミスター・マリノス』と呼ばれ、日本代表としてワールドカップやオリンピックを経験した大物プレーヤー。昨シーズン限りで横浜を離れ、新天地に選んだのは、JFLの松本山雅だった。元日本代表とJFLのクラブとの邂逅(かいこう)は驚きをもって伝えられた。

 それから半年。JFLはリーグの半分を消化し、松本山雅は現在J2昇格に向けて奮闘を続けている。そして、その中心には松田がいると言って良い。ボランチ、あるいは3バックの中央として。ベテランならでは読みとポジショニング、またピッチ上のリーダーとして、その豊富な経験をチームに大いに還元している。攻守の要であり、欠かすことのできない存在として君臨しつつあった。

 8月2日、その松田が練習中に倒れ、市内の救急救命センターに意識不明のまま搬送されたというニュースが飛び込んできた。筆者が着の身着のまま現場に向かうと、搬送先には地元テレビ、新聞社など多くのメディアが詰め掛けていた。顔見知りの記者に現況を尋ねると、状況に変化はないという。インターネット上で事態が目まぐるしく変わっていくなか、現場の人間だけが情報から取り残されていく感覚を覚える。とはいえ、クラブからの公式発表を伝えるのがこの場にいる人間の責務である。じりじりする時間が続いた。

 待つこと数時間。午後6時から院内で行われた記者会見において、こわばった表情を浮かべる松本山雅の大月弘士社長からなされた報告は、予想をはるかに上回る深刻さであった。「急性心筋梗塞(こうそく)。極めて厳しい状況」――。クラブから、松田の現況について公式の発表がなされた。

ここに至るまでの前兆はなかった……

 この日の経緯を、順を追って記そう。

 天気は曇りで風も心地よく、決して直射日光が照りつけるような暑い一日ではなく、むしろスポーツを行うには悪くない環境であった。午前9時42分、ランニングをスタート。15分後にランニングを終え、選手たちが脈拍を計測中に松田は体調不良を訴え、その場に倒れたという。異常に気づいたチームはすぐに救急車を呼ぶ一方、トレーナーと偶然練習見学に訪れていた看護師のサポーターが人工呼吸と心臓マッサージを行った。

 10時13分に救急車が到着し、搬送。その際にも人工呼吸や心臓マッサージ、AEDの使用や薬物投与などの処置を行い、10時50分に救急救命センターに到着した。その時はすでに心肺停止状態で、意識もなかったという。

 急性心筋梗塞。それが松田の病名であった。搬送から6時間以上が経過した今なお、意識は一貫して回復していないという。心臓の鼓動は弱く、人工心肺装置によって全身の血液の循環を維持している。「状態は非常に厳しい状況だが、全力を尽くす」と話す、信州大学付属病院の今村浩ドクターの面持ちから、予断を許さない状況であることがうかがえる。「元気だった人が急性心筋梗塞を起こすことはあるが、アスリートの発症は極めてまれ。非常に珍しいのは確か」だという。

 では、松田にそれらしき前兆はなかったのか。現場を預かる加藤善之監督がここ数日の様子を語る。
「日曜日(7月31日)に、市内で松商学園と練習試合を行い、75分間出場した。その場では腰痛の訴えがあったくらい。月曜日(8月1日)はオフで、日帰りで横浜に行ったと聞いている。今日の練習中のミーティングでも全く症状は見えなかった」

 また、過去のトレーニング時にも脈拍などの異常は見られず、年初に行われたメディカルチェックでも心電図や負荷心電図、血液検査を行ったが、問題はなし。ここに至るまでの前兆はなかったという。

誰よりもサッカーが好きで、負けず嫌いで、正直

 木島良輔をはじめとした多くの選手が待合室で待機していた。当然ながらチームは非常に動揺しており、3日以降の練習については「選手に現状を説明し、これから考える」(加藤監督)という。冷静になれなどと言う方に無理があるのは事実だが、泣いても笑っても次節はもうすぐそこまでやってきている(8月7日)。多くの人の注目がクラブに注がれている今、選手は目の前の課題に全力でぶつかってほしい。

 また、クラブは「今日の会見内容を含め、何か状況に変化があったらドクターとご家族の同意のもとに発表する」と約束した。だからこそ、サポーターには心配のあまり病院付近に駆けつけるといった行為は極力慎んでほしい。院内にはほかの入院患者も多くおり、そのような方々に迷惑をかける行為になりかねず、それは松田の本意ではないはずだ。それぞれが、それぞれの立場でできることを全力で取り組もうではないか。誰よりもサッカーが好きで、誰よりも負けず嫌いで、誰よりも正直な松田のように――。

 現状は大変厳しいのは確か。ただ、思い出してほしい。松田はこれまでのサッカー人生において、幾多の奇跡を起こしてきたことを。この戦いでも、松田は間違いなく奇跡を起こしてくれるはずだ。

<了>
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著者プロフィール

1976年生まれ、信州産。物書きを志し、地域リーグで戦っていた松本山雅FCのウォッチを開始。長い雌伏(兼業ライター活動)を経て、2012年3月より筆一本の生活に。サッカー以外の原稿も断ることなく、紙、雑誌、ウェブサイト問わず寄稿する雑食性ライター。信州に根を張って活動中!

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