リスクを伴う伊野波のハイドゥク移籍=100年の歴史を持つクロアチアの名門クラブの実情

長束恭行

クロアチアは“もろ刃の剣”となる国

覇権を争うハイドゥクとディナモのダービーマッチは常に火花が散る 【長束恭行】

 この夏の過密日程も不安材料の1つだ。直近の日本代表戦は8月10日の韓国戦。クロアチアリーグは7月19日にスタートし、そこにELの予選(3回戦が7月28日&8月4日、プレーオフが8月18日&25日)が重なってくる。7月29日からコロンビアで開催されるU−20ワールドカップ(W杯)にクロアチアも出場し、ハイドゥクから4人を派遣することが決定した。7月23日には創立100周年記念のバルセロナ戦も開催される。開幕と同時に伊野波は選手層の薄いハイドゥクで馬車馬のように働くことになり、代表招集で日本帰国となれば、遠距離移動によるコンディション問題が付きまとう。

 クロアチアリーグの試合を日本でチェックするのは難しく、必然的にザッケローニ監督の目からも伊野波は遠くなるはずだ。ザッケローニの故郷チェゼナティコからスプリトまでは直線距離にして333キロ。距離だけならばインテルの長友佑都(289キロ)やノバラに加入濃厚の森本貴幸(328キロ)と大きな差がないにもかかわらず、伊野波1人がガラパゴス化した地に残ることになる。韓国戦でアピールできず、次から代表招集が見送られるようだと、泥沼から抜け出せなくなる可能性すら否めない。なぜなら、ハイドゥクそのものが泥沼に突っ込み、財政難にあえぎながら監督と選手のシャッフルを繰り返してきたクラブだからだ。

 日本代表のW杯・南アフリカ大会での活躍に続き、ドルトムントが安価で発掘した香川真司の大ブレークで、日本人獲得ブームは東欧の小国クロアチアにまで訪れた。Jリーグのクラブと選手間の契約の縛りが緩い以上、今後も選手流出は続くだろう。優秀なタレントを次々と輩出するクロアチアは多くのスカウトが訪れる国でもあるが、リーグ運営やクラブ経営、インフラ水準、そして試合のレベルひとつとっても、西欧のリーグに大きく水を開けられている。ステップアップとしては“もろ刃の剣(つるぎ)”となる国だ。だが、伊野波はあらゆるリスクを承知した上でクロアチアに挑戦したと聞く。

「いつの日かはイタリアに行きたい。しかし、第一の目標はハイドゥクで結果を残すことだ」

 鹿島で数々のタイトルを手にした彼は、ハイドゥクの入団会見でリーグタイトル奪還を口にし、国内メディアもプロフェッショナルな選手だと称賛した。しかし、彼はダルマチア人ではなく日本人。もし日本代表での成功を求めるならば、ザッケローニが招集するたびにアピールを続けなくてはならない。そして、新たな移籍のチャンスが訪れた時、ハイドゥクから錨を引き上げるタイミングを見誤らないことだ。

<了>

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著者プロフィール

1973年名古屋生まれ。サッカージャーナリスト、通訳。同志社大学卒業後、都市銀行に就職するも、97年にクロアチアで現地観戦したディナモ・ザグレブの試合に感銘を受けて退職。以後はクロアチア訪問を繰り返し、2001年に首都ザグレブに移住。10年間にわたってクロアチアや周辺国のサッカーを追った。11年から生活拠点をリトアニアに。訳書に『日本人よ!』(著者:イビチャ・オシム、新潮社)、著作に『旅の指さし会話帳 クロアチア』(情報センター出版局)。スポーツナビ+ブログで「クロアチア・サッカーニュース」も運営

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