映画『クラシコ』の後日談=JFL前期第8節 松本山雅FC 2−1 AC長野パルセイロ

宇都宮徹壱

変則的なリーグ戦を余儀なくされた今季のJFL

初のJFLでの信州ダービーに意気盛んの長野サポーター。天気は怪しいがオレンジ色のユニがまぶしい 【宇都宮徹壱】

 4月30日、キックオフ90分前にアルウィンに到着する。メディア受け付けの名前を書く欄は46番目になっていた。つまり私が来る前に、すでに45人のメディア関係者が会場入りしていたことになる。媒体名やフリーランスの名前を見ると、半分くらいはおなじみの顔ぶれ。J1リーグの強豪同士のカードなら、まだ理解できよう。しかし今日の試合はJFL、カードは松本山雅FC対AC長野パルセイロである。ファンの間では「信州ダービー」と呼ばれてはいるものの、長野県外の人間にとっては、いささかローカルなイメージはぬぐえないだろう。にもかかわらず、JFLの試合にこれだけのメディアが集結したことについては、純粋にうれしく思える。

 今季で第13回を迎えるJFLはこの日が「前期第8節」ながら、やっと2試合目。言うまでもなくJFLも、3月11日の震災の影響を受けており、実質的な開幕戦は1週間前の4月23日であった。未消化試合に関しては、8月、11月、12月に行われることになっている。ただしJリーグと大きく異なるのは、全18チームがリーグ再開を迎えられなかったことだ。被災地・宮城を本拠とするソニー仙台FCは、前期第7節から第17節はリーグ参加を断念。従って、この間は17チームでのリーグ戦となるため、1チームは試合なしとなる。ソニー仙台について、JFLは「後期第1節からの参加を検討中」としているが、チームとしての結論はまだ出ていないようだ。

 いずれにせよ今季のJFLは、前期の11試合は17チームで、後期17試合は18チームで行われる方向で調整が進んでいる(未消化の6試合を何チームで行うかについても現時点では未定)。仮にソニー仙台が後期第1節から復帰し、未消化試合を戦ったとしても、今季の試合数は23試合。他のチームとは、10試合から11試合少なくなるわけで、当然ながら勝ち点で大きなハンディを背負うことになる。いや、そもそも試合数にバラつきがあること自体、リーグ戦の大原則に反しているわけで、当然、JFL内部では運営に関してさまざまな議論があったことだろう。それでも最終的には、ソニー仙台の途中参加を受け入れ、変則的ながらもリーグ戦を実施することが、各チームの満場一致で決まった。JFLは、雑多なバックグラウンドを持ったチームの集合体でありながら、リーグとしてのチーム間の結束は固い。それゆえ、もっともな判断であったと言えよう。

震災後に映画『クラシコ』が果たした役割とは

2年ぶりにホームに長野を迎えるにあたり、メーンスタンドでこの試合の重要性を説く松本サポーター 【宇都宮徹壱】

 今季最初のJFLは、たまたま海外取材で日本を離れていたため、私にとってこの日が今季のJFL初参戦となる。各カードを見渡して、すぐに目に留まったのが、松本と長野による信州ダービーであった。北信越リーグ時代から続く、この因縁のカードについては、全社(全国社会人サッカー選手権大会)では見ているが、実は長野県内での取材は今回が初めてである。松本は2009年に地域決勝(全国地域リーグ決勝大会)で優勝。「将来のJリーグ入り」を宣言した05年から5シーズン目にして、ようやく北信越からJFLに駆け上がることができた。先を越された長野も、翌10年の地域決勝で準優勝を果たし(優勝はカマタマーレ讃岐)、こちらも一躍全国リーグの舞台に躍り出ることとなった。かくして、松本と長野によるライバル対決が2年ぶりに復活。しかも今度は、JFLという全国の舞台で実現することとなったのである。

 試合開始前、松本のコールリーダーがメーンスタンドに現れて、「長野には絶対に負けるわけにはいきません!」とダービーの重要性を説きながら、ゴール裏との共闘を呼び掛けていた。「ああ、映画と同じだなあ」と、私は少しばかりうれしくなる。映画とは、地域リーグ時代の松本と長野を追いかけたドキュメンタリー映画『クラシコ』(監督:樋本淳)のことである。この映画、サッカーのドキュメンタリーなのだが、試合の映像はあまり出てこない。スクリーンに登場するのも、サポーターやクラブスタッフ、そして社会学者やジャーナリストや飲み屋のオヤジなど、実に多種多様。サッカーを追いかけながらも、作品のメーンテーマは明らかに「地域コミュニティー」であり、さらに言えばJリーグが掲げる百年構想の「理想像」といっても過言ではないだろう。

 余談ながら『クラシコ』の東京での初上映は3月12日、すなわち震災の翌日であった。震災後の1週間は、映画館を訪れる客は少なく、関係者は大いに気をもんだという。しかし状況が少し落ち着いてからは、見るからにサッカーファンと分かる客が数多く映画館を訪れるようになった。3月から4月上旬にかけて、日本ではサッカーの公式戦はまったく行われていない。それだけに、フットボールに飢えた人々には、まさに天の恵みのような作品に映ったはずだ。映画『クラシコ』は、はからずも今回の震災によって「サッカー成分」が欠乏した人々に、その始原的な喜びを与え続けていたのである。そして映画を観た人々、あるいは映画にかかわったすべての人々にとって、今日の信州ダービーはまさに「映画の後日談」であった。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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