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小笠原、関口、梁が復興支援試合で示したもの
被災地を知る男たちが抱える葛藤と決意

変わり果てた故郷の姿に言葉を失う

「東北人魂」と書いたシャツを着てメッセージを送った小笠原(中央)は、この試合に人一倍強い気持ちで臨んでいた
「東北人魂」と書いたシャツを着てメッセージを送った小笠原(中央)は、この試合に人一倍強い気持ちで臨んでいた【写真は共同】

 3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震から約20日。死者・行方不明者数は3万人に迫る勢いで、2次災害として起きた福島第一原発の問題も深刻度を増している。被災地ではまだライフラインも完全に復旧しておらず、避難所でギリギリの生活をしている人も多い。29日の日本代表vs.Jリーグ選抜のチャリティーマッチは、そんな被災者に少しでも生きる勇気を持ってもらいたいという考えから実施された。日本代表、Jリーグ選抜の選手たちは一致団結し、全身全霊を込めて1つのボールを蹴った。


 試合開始前の整列。「東北人魂」というひと際目立つ、大きな文字のTシャツを着て登場したのが、小笠原満男だった。

 彼の住む鹿嶋市は断水や停電に見舞われ、クラブハウスの一部に亀裂が入り、練習グラウンドも隆起した。本拠地のカシマスタジアムも観客席の一部が崩れ落ちてしまった。それだけでもストレスがたまるのに、故郷の岩手県は壊滅的な打撃を受けている。高校時代を過ごした大船渡市、かおり夫人の実家がある陸前高田市がどうなっているのか……。肉親との連絡もままならず、いてもたってもいられなかった小笠原は「今、行かなかったら後悔する」と決死の覚悟で17日に鹿嶋を出発。妻と3人の子供たちを連れて、自らの車で北の地を目指した。

「大船渡まで丸1日かかりました。その時の感情をどう表現したらいいのか。見てきたものが全部なくなって『ここはどこだ』って。がれきの下にいろんな人がいると思うとホント複雑でした」と神妙な面持ちで言う。


 大船渡、陸前高田の避難所2カ所ずつを訪ね、「足りないものはないですか」と被災者に聞いて回った。水を運んだり、盛岡から物資を輸送したりと現地では1週間、支援活動にもあたった。そんな様子を3人の子どもたちもじっと黙って見つめていたという。

「水や電気、ガスがなくても、家が流されても、親を亡くしても、みんな歯を食いしばって一生懸命生きている。下を向かずに頑張っている。その姿を一生忘れることはない。子供たちもそれを見て何か感じたと思う。自分もそういう人たちに頑張っている姿を見せなきゃいけないって思った。それでできることから始めようと考えたんです」

この試合を一過性のもので終わらせてはいけない

 そんな小笠原同様、被害の大きい被災地の現状を知る数少ない存在だったのが、梁勇基と関口訓充のベガルタ仙台勢である。

 巨大地震で仙台市の泉区にあるクラブハウスは半壊。梁の車はタイヤにくぎが刺さって動かなくなった。仙台市内も甚大なダメージを受けており、普通の生活を取り戻すのは容易ではないだろう。28日から活動を再開したベカルタの最初の仕事が、石巻市の避難所での救援活動だったというから、その深刻さがうかがえる。

「地震も確かにすごかったんですけど、それ以上にあんな津波が来るとは思わなかった。多くの家が流されて、宮城県だけでもたくさんの尊い命が亡くなった。自分がここまで来る道のりはホントにつらいものがありました」と関口は伏目がちに話した。


 小笠原らから被災地のリアルな実情を伝え聞いたカズ(三浦知良)や中澤佑二、中村俊輔らJリーグ選抜の面々は、サッカー界としてやれることを話し合った。

「今回のチャリティーマッチで被災者に元気を与えるところから始めて、もう少し落ち着いたらサッカー界の復興にも貢献したい。この試合を一過性のもので終わらせては決していけない」


 そんな意思をみんなで確認したうえで、カズと小笠原がそれぞれ日本サッカー協会の小倉純二会長、Jリーグの大東和美チェアマンに直談判。プロ選手がボールを持って被災地を訪れ、サッカー少年たちと触れ合う活動をしていこうという話が一気に発展した。日本代表選手ももちろん賛同。小笠原を師と仰ぐ内田篤人は「ボールやスパイクを送ることでも何でも協力したい」と強い熱意を示していた。


 日本サッカー界全体の素晴らしい団結力と一体感が醸成されつつある中、29日のチャリティーマッチはキックオフされた。

元川悦子
元川悦子

1967年長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに。Jリーグ、日本代表、育成年代、海外まで幅広くフォロー。特に日本代表は非公開練習でもせっせと通って選手のコメントを取り、アウェー戦も全て現地取材している。ワールドカップは94年アメリカ大会から5回連続で現地へ赴いた。著書に「U−22フィリップトルシエとプラチナエイジの419日」(小学館刊)、「蹴音」(主婦の友社)、「黄金世代―99年ワールドユース準優勝と日本サッカーの10年」(スキージャーナル)、「『いじらない』育て方 親とコーチが語る遠藤保仁」(日本放送出版協会)、「僕らがサッカーボーイズだった頃』(カンゼン刊)、「全国制覇12回より大切な清商サッカー部の教え」(ぱる出版)、「日本初の韓国代表フィジカルコーチ 池田誠剛の生きざま 日本人として韓国代表で戦う理由 」(カンゼン)など。「勝利の街に響け凱歌―松本山雅という奇跡のクラブ 」を15年4月に汐文社から上梓した

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