阪神キャンプで見たブルペンの興奮と味わい=山田隆道のキャンプ見聞録

山田隆道

真打ち・球児の登場で「トリプルK」が完成!

 その後、突然ブルペンの空気が一変した。集まっていた報道陣が一気に騒然となり、観客の数もみるみる増加していく。
 藤川球児がブルペンに登場したのだ。ご存じ阪神きってのスター選手であり、火の玉ストレートで知られる日本球界を代表するクローザーである。

 球児はひと足先にピッチングを終えた能見に代わって、小林宏の右隣で軽いキャッチボールを始めた。私見だが、球児ほどブルペンでのピッチングが「見世物」としても成立している投手はいないと思う。なんてったって、素人目でもわかるほど他の投手とボールの軌道が明らかに違うのだ。下から上にホップすると評判の独特のストレート。あれ、本当なんですよ。他の投手と横並びになると、如実に差が出るわけだ。
 しかも、これにてブルペンは左から久保田、小林宏、球児と、今季の阪神の勝利の方程式になるであろう三人、いわゆる「トリプルK」が勢ぞろいと相成った。なんともぜい沢な布陣である。公式戦さながらの緊張感がブルペンを包み、カメラのフラッシュとシャッター音も一段と凄みを増した。新加入の小林宏はこの空気に動揺していないだろうか。

球児と藤井のちょっといい光景

 そんな中、球児のボールを受けるキャッチャーが気になった。
 東北楽天からFA移籍してきた藤井彰人だ。前評判通り、キャッチングは確かにうまかった。あの球児の剛速球を受けているにもかかわらず、ミットがまったく動かない。

 また、それ以上に興味深かったのは藤井の体型である。身長はないものの、昔ながらの昭和のキャッチャー像を彷彿させる、完全なアンコ型だ。
 なんとなく安心感を覚えた。やっぱりキャッチャーは投手の女房役というぐらいなんだから、こういうどっしりした“肝っ玉母さんタイプ”でなくっちゃ。最近の球界にはスマートなキャッチャーが増えているが、そんな時代だからこそ、かえって藤井のようなキャッチャーに妙なときめきを感じてしまう。

 球児はピッチングを終えると、藤井と笑顔で握手を交わした。球児が帽子を取り、藤井に小さく頭を下げる。なんとなく「ありがとうございます」と礼を言ったような気がした。
 報道陣と観客が一斉に沸いた。無数のフラッシュに照らされた球児と藤井の笑顔。おそらく不安でいっぱいであろう新加入のキャッチャーに、そのチームの主力投手がにこやかに握手を求める。これがいかに素晴らしいことか、野球ファンなら説明不要だろう。

 その後の僕は室内練習場、シート打撃、特守とキャンプを見て回った。そして翌日は北谷の中日キャンプ、翌々日は名護の北海道日本ハムキャンプに足を運んだのだが、それはまた別の機会に。

<了>

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著者プロフィール

作家。1976年大阪生まれ。早稲田大学卒業。「虎がにじんだ夕暮れ」「神童チェリー」などの小説を発表するほか、大の野球ファン(特に阪神)が高じて「阪神タイガース暗黒のダメ虎史」「プロ野球むしかえしニュース」などの野球関連本も多数上梓。現在、文学金魚で長編小説「家を看取る日」、日刊ゲンダイで野球コラム「対岸のヤジ」、東京スポーツ新聞で「悪魔の添削」を連載中。京都造形芸術大学文芸表現学科、東京Kip学伸(現代文・小論文クラス)で教鞭も執っている。

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