カルロス・テベスが過ごす奇妙な日々

現役引退を望むような発言も

ピッチの上では充実のシーズンを送っているテベス(右)だが、実際は多くの問題を抱えている 【Getty Images】

 このタイトルを目にした際、現在のカルロス・テベスがフットボーラーとしてのキャリアにおいて素晴らしい時を迎えていることを伝えるべく、わたしがこのような表現を使ったのだと思った人もいるだろう。
 プレミアリーグではマンチェスター・ユナイテッドのディミトリ・ベルバトフと得点王を争い、フットボール界の新興勢力として認知され始めた国内リーグ3位(第27節終了時点)のマンチェスター・シティ(マンC)に君臨するスター選手なのだから、はた目には何の問題も抱えていないように見えても無理はない。

 だが、実際は違う。今季のプレミアリーグやヨーロッパリーグ、そして24年ぶりにホスト国として迎えるコパ・アメリカ(南米選手権)を控えたアルゼンチン代表の日程が決まる段階から、テベスは予期せぬ困難に直面し、時に他国への移籍、さらに現役引退をも望むような発言を行ってきたのだ。

 そしてそれは、ただの脅しではない。この世界、特にフットボーラーは自分が誰に強いられ、どこでプレーすることになるのかは分からない。故に自身の意見や後ろ盾となる組織に気を使うのが常であるが、テベスをよく知る者は皆“カルリートス”(テベスの愛称)という男に裏表がなく、常に感じたこと、思ったことをそのまま口に出してしまう性格であることを知っている。

テベスとチームメートに亀裂

 確かなのは、テベスがアルゼンチン代表との間に深刻な問題を抱えていることだ。その問題は今に始まったことではなく、ワールドカップ(W杯)・南アフリカ大会が終わった時からすでに存在していた。ディエゴ・マラドーナ前監督が彼に定位置を与えるべくシステムを大きく変更し、それにより中盤が弱体化したこと、そして同大会で誰もが知っている結果(準々決勝敗退)に終わったことをいまだに多くのチームメートは覚えている。

 それだけではない。W杯後にAFA(アルゼンチンサッカー協会)のフリオ・グロンドーナ会長がセルヒオ・バティスタを暫定監督に迎えると決めた際、マラドーナの復帰を支持する発言を行った唯一の選手がテベスだった。そして彼は、バティスタの船出となったアイルランドとの親善試合にも出場しなかった。

 その発言の直後にグロンドーナと数時間にわたる話し合いを行ったテベスは、その後は完全な沈黙を保つようになる。だが彼の発言は驚きを持ってチームメートに受け止められ、何人かの中心選手との間に亀裂が入るきっかけとなった。

 それだけに、当時まだ26歳(2月5日に27歳の誕生日を迎えた)のテベスが長距離移動による肉体的消耗を理由に代表引退を検討していると発言したのは、決して気まぐれではなかったのだ。

バティスタが望むのはボカ時代のテベス

 問題はそれだけにとどまらない。代表監督への正式就任が決まった後、バティスタは昨年11月にカタールで行われたブラジルとの重要な親善試合にテベスを招集した。この時テベスは筋肉の負傷を理由に参加を辞退したが、その前後に行われたマンCの試合ではいつも通りプレーしていたのだ。

 これを見逃さなかったバティスタは、代表にはもっと心身をささげられる選手が必要と判断し、2月9日にスイスのジュネーブで行われたポルトガルとの親善試合にはテベスを招集しなかった。

 オフレコの話では、ブラジル戦の一件でテベスが示した態度に怒ったバティスタが罰としてポルトガル戦の招集を見送ったものとされている。しかし、指揮官がジュネーブでの会見で発したコメントを聞く限り、テベスの代表復帰はいよいよ難しい状況になってきたように思える。

「わたしが望むのは、ピッチを躍動し、より豊富なアイデアを持って相手ゴールを脅かしていたボカ・ジュニアーズ時代のテベスだ」(バティスタ監督)

 この発言によって生じる自然な推論は、1つの鍵となる疑問を問いかけてくる。テベスが2004年までボカでプレーした後、ブラジル、イングランドと渡る中で、あらゆる選手に起こる変化や進化を遂げてきたのであれば、どうやって当時のプレースタイルを取り戻せというのだ?

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著者プロフィール

アルゼンチン出身。1982年より記者として活動を始め、89年にブエノス・アイレス大学社会科学学部を卒業。99年には、バルセロナ大学でスポーツ社会学の博士号を取得した。著作に“El Negocio Del Futbol(フットボールビジネス)”、“Maradona - Rebelde Con Causa(マラドーナ、理由ある反抗)”、“El Deporte de Informar(情報伝達としてのスポーツ)”がある。ワールドカップは86年のメキシコ大会を皮切りに、以後すべての大会を取材。現在は、フリーのジャーナリストとして『スポーツナビ』のほか、独誌『キッカー』、アルゼンチン紙『ジョルナーダ』、デンマークのサッカー専門誌『ティップスブラーデット』、スウェーデン紙『アフトンブラーデット』、マドリーDPA(ドイツ通信社)、日本の『ワールドサッカーダイジェスト』などに寄稿

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