サウジとカタールの明暗を分けたもの=日々是亜洲杯2011(1月16日)

宇都宮徹壱

「あなたはなぜ、この場にいるのか?」

サウジアラビアのアル・ジョハル監督。この10年、代表に問題が起こるたびに再建を託されてきた 【宇都宮徹壱】

「あなたはなぜ、この場にいるのか?」
 日本対サウジアラビアを翌日に控えた16日の前日会見。突然、何とも不穏な質問が投げ掛けられた。問われているのは、サウジのアル・ジョハル監督。質問したのは、おそらくサウジのメディア関係者であろう。

 白いキャップと口ひげがトレードマークのアル・ジョハル監督は「再建屋」のイメージが強い。2000年のアジアカップ・レバノン大会では、初戦で解任された監督の後を引き継ぎ、その後は見事決勝までチームを引き上げ日本を苦しめた監督として、わが国のサッカーファンの間でも有名だ(余談ながら、それまでチームを率いていたのは、後にバーレーンの監督として何度も日本と対戦することになる「中東の魔術師」ミラン・マチャラだ)。今回も、シリアとの初戦に敗れて解任されたポルトガル人のジョゼ・ペセイロ監督の後任として、急きょ指揮を執ることになった。後で調べてみると、アル・ジョハルがサウジの監督に就任するのは、何と今回で5回目である。そしてほとんどの場合、前任者の解任を受けてのリリーフだ。言葉は悪いが、この人は10年以上にわたって、ずっとサウジサッカー界の尻ぬぐいをしてきたことになる。

 確かに、就任直後のヨルダン戦でもチームは立ち直れず、早々にグループリーグ敗退が決まった。それでも、これだけサウジのために粉骨砕身で働いているアル・ジョハルに対して、メディアの人間から「お前も辞めろ」と言わんばかりの言葉を投げつけるのは、やはり尋常ではない。気になったので、会見後あれこれニュースをチェックしていると、どうやら今大会の結果を受けて、サウジサッカー協会の会長も解任されたらしい。つまり、後ろ盾を失ったアル・ジョハルに対する、強烈な皮肉であったようだ。にしても、辛らつこの上ない話ではないか。

 アジアカップでは最多タイ、3回の優勝を誇るサウジだが、このところはすっかりタイトルから遠ざかっている。しかも、00年準優勝、04年グループリーグ敗退、07年準優勝、そして11年グループリーグ敗退と、極端なアップダウンを繰り返している。戦力が充実しているときには、それなりの力を発揮するものの、少しでも歯車が狂うと一気にチーム力が瓦解する。結果を出せない監督は、すぐさま解任。それまで積み上げてきたものは全否定され、また一からチームを作り直さなければならない。少なくともこの10年、サウジのサッカー界はずっとそんな調子であった。このようなビジョンも志もないチームに、われわれ日本は決して負けるわけにはいかない。アル・ジョハルにはいささか気の毒だが、それでもしっかり勝たせてもらおう。

「私を信頼してくれたカタールの協会に感謝したい」

カタールのグループリーグ突破が決まると、プレスセンターのあちこちで歓声が沸き起こった 【宇都宮徹壱】

 日本代表の前日練習を取材後、MMC(メーンメディアセンター)にて作業をしながら、グループAの2試合の経過をテレビとネットでチェックする。16日からグループリーグは3順目。グループAは、カタール対クウェートがカリファ・スタジアムで、そして中国対ウズベキスタンがアルガラファ・スタジアムで、いずれも19時15分にキックオフを迎える。試合前の時点では、1位ウズベキスタン(勝ち点6)、2位にカタールと中国(同3)が並び、4位クウェート(同0)。地元の大声援を受けたホスト国カタールは、前半11分と16分に連続ゴール。一方、中国もウズベキスタンに先制し、この時点で3チームが勝ち点6で並んだ。だが、最後はカタールとウズベキスタンが底力を見せる。カタールは終了間際にFKが直接決まり、3−0でクウェートを粉砕。裏の試合は、激しい点の取り合いの末に2−2の引き分けに終わり、ウズベキスタンが中国の追撃をかわした。

 この結果、グループAは1位ウズベキスタン(勝ち点7)と2位カタール(同6)が、それぞれ準々決勝に進出することが決まった。ここで特筆すべきは、ウズベキスタンとの初戦に敗れたカタールが、その後の2試合でしっかり持ち直し、見事に開催国のメンツを保ったことである。チームを率いるブルーノ・メツの手腕も大したものだが、彼を信じ続けたカタールの協会関係者の決断力も称賛されるべきだろう。いみじくもメツ自身、「初戦でウズベキスタンに敗れた後も、私を信頼してくれたカタール協会に感謝したい。彼らはサウジのような行動をとらなかった」と述べている。自分たちが選んだ監督を最後まで信じ、惜しみないバックアップを続ける。一見、当たり前のように思われるかもしれないが、気の短い王族が強い影響力を持つ中東の協会では、かなりレアなケースだと思う。少なくともカタールの協会関係者は、自らもリスクを負いながらチームとともに戦っていた。そこがサウジとの一番の違いであり、両者の明暗を分けた一番の要因と言えそうだ。

 日本がグループBを1位で通過すれば、準々決勝でカタールと対戦することになる。完全アウエーの状態で、しかも劇的な連勝で勢いに乗るホスト国は、確かにやりにくい相手ではある。しかし若き日本代表にとって、これ以上にない「成長の機会」となることは間違いない。いずれにせよ、まずは明日のサウジ戦に勝利することだ。日本は、川島永嗣がサスペンション、松井大輔が右太もも肉離れで欠場は決定的。左足首を痛めて別メニューだった本田圭佑も、スタメンは微妙である。決して楽な戦いにはならないだろうが、それでもまずは選手を、そしてザッケローニ監督を信じるところから始めたい。それがこの日の取材で、あらためて得た教訓である。

<この項、了>
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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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