球団と代理人と記者の眠れない戦い=ウィンターミーティングの舞台裏2

丹羽政善

情報戦、ますます激しく

レッドソックスがクロフォード(写真)と基本合意に達したことで、エンゼルスは補強戦略の修正が必要になった。松井の去就は果たして? 【Getty Images】

「カール・クロフォードがレッドソックスと合意した」――というニュースが流れたのは、8日深夜。日が変わる少し前のことだった。

 東海岸の新聞は、締め切りに間に合ったかどうか。少なくとも西海岸の新聞は間に合ったはずだが、クロフォードを狙っていたエンゼルスの担当記者らは、情報源が彼らではなかっただけに、すでに出稿済みの原稿の大幅な書き直しを迫られたはずである。

 ただ、今の時代、締め切りそのものはあまり意味を持たなくなった。新聞には締め切りがあっても、ネットには締め切りがない。ウィンターミーティングのような取材現場では、Twitter、ブログ、新聞用の原稿と、新聞記者らは深夜まで休む間もなく働き続ける。その間に取材もしなければいけないのだから、彼らは神経以上に体力をすり減らしていく。ウィンターミーティング最終日の今日(9日)、目の下にくまを作っている人は、少なくなかった。

 日本人記者も同じ。午前中の情報ならば、時差的に翌朝の新聞の締め切りに間に合うため、早い記者は朝8時前からロビーで取材対象を待つ。

 例えばこの日、クロフォードがレッドソックスに決まったことで、エンゼルスはこのオフの戦略において修正を迫られることになった。

 依然、可能性は低いにしても、松井秀喜残留の可能性が出てきたことで、午前9時から始まった「ルール5ドラフト」が終わると、エンゼルスのトニー・リーギンスGM(ゼネラルマネジャー)のもとに、多くの日本人記者が向かっている。

 リーギンスは、選択肢の1つとして否定しないものの、「追いかける可能性は低い」といった話をすると、それを新聞記者らは、すぐに日本に電話をして伝えていた。さすがにもう、現地では書く時間はないので、あとは社内で原稿に修正が加えられたはずだ。

 ただ、そんな新聞が出るころには、また違う新しい情報が出てくるかもしれない。それが先にネットで報じられたら、新聞の情報は価値を持たなくなる。

 米国の新聞は特に、そこにジレンマを感じている。

 例えば、クロフォードの件。東海岸の新聞が締め切りに間に合わなかったとする。それでも記者らは、ネット用原稿を作らなければならない。

 その翌朝、もしも読者が先にクロフォードの契約をネットで知り、それから新聞を手にして、「エンゼルス、レッドソックスがクロフォードを狙っている」という記事を読んでどう思うか。

 米新聞業界の衰退の一旦は、そんなところにも一端があり、首を絞めているのは自社のウェブサイトでもあるだけに、事は複雑だ。

もはや、交渉はショーだ

 そんな状況でもあるだけに、ウィンターミーティングの様子も、数年前と比べればすっかり変わってしまったとベテラン記者は声をそろえる。

 ブログから、さらに速効性を生かせるTwitterの登場。先日紹介したマリナーズのブリーフィングでは、始まる前に広報から、「ブリーフィング中のTwitterは控えてくれ」との申し入れがあった。

 アスレチックスの監督会見のときは、ほかの記者が質問し、監督が答えているときに、別の記者がTwitterでコメントを配信していた。

 もちろん、情報の信ぴょう性が危惧(きぐ)されているが、うわさが飛び交うウィンターミーティングという性質上、1日1回という新聞の発売サイクルではもう手に負えるイベントではない。

 先にも触れたが、そうした神経を使う情報との戦いに加え、体力的にもウィンターミーティングは大変な現場。殺気立ったものはないが、12時間以上を待ち時間に費やすのである。

 期間中、ホテルのロビーには多くの記者の姿がある。彼らは談笑しているように見えて、目ではお目当ての代理人の姿や、GMの姿を追っている。松井の代理人であるアーン・テレムのような人が姿を見せれば、一瞬にして緊張感が走る。

 食事に行っている時にそんな大物に登場されたら困るので、一社二人の記者がいるところは交代制だ。

 会議初日、テレムがホテルをあとにしたのは午後11時半過ぎ。そこで話しかけて、「話せない」と言われるかもしれないが、交渉の成果を話してくれるかもしれないので、帰るまではロビーでひたすら待つしかない。

 飛び交う情報は、多くの場合、スカウトや代理人がソースであるケースが多いよう。GMは「フリーエージェント(FA)の選手に関しては答えられない」と口が堅く、そもそもメディアに囲まれることが分かっているので、なかなかロビーには降りてこない。

 代理人も重要な案件を抱えている場合、ロビーを避ける。一方でスカウトらは、どこのチームが、誰に興味を持っているみたいだよ、という情報を流してくれる。仲のいい代理人がいれば、彼らが漏らすこともある。

 本来はそれから裏取りだが、Twitterではその段階で情報が流れる。もう少し信ぴょう性を持たせたものがブログということになろうか。

 GMらがオフレコでヒントを与えることもある。そのヒントから記者は関係者にあたっていく。

 本来は、トレードショーがあったり、引退した選手がチームの仕事を探したり、トレーナーたちのミーティングがあったりと、そんな要素が会議の表の顔で、交渉の裏を探るのは二次的なものだったはずだが、もはやそちらがメインか。

 主要テレビ局は、廊下からリポートを行い、ロビーにはMLBネットワークの仮設スタジオもあった。

 イベントの大型化はリーグにとってありがたい。ファンの興味が薄れる時期に、注目を集められるのである。もはや、交渉はショーだが、伝達手段の発達で今後もウィンターミーティングは、大きく注目されそうである。

 ところで、松井の契約にしても、岩隈久志の交渉にしても、やはりGM会議同様、アスレチックスのビリー・ビーンGMの発言がカギを握っていたのだが、初日の夜、所用でオーランドを離れてしまい、彼の肉声が消えた。

 岩隈との交渉に関しては、いろいろと聞きたいこともあったのだが……。

<了>
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著者プロフィール

1967年、愛知県生まれ。立教大学経済学部卒業。出版社に勤務の後、95年秋に渡米。インディアナ州立大学スポーツマーケティング学部卒業。シアトルに居を構え、MLB、NBAなど現地のスポーツを精力的に取材し、コラムや記事の配信を行う。

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