勝負の分かれ目で一枚上手だった聖光学院=タジケンの甲子園リポート2010

田尻賢誉

本塁打だけで終わらずどれだけ攻められるか

 試合を決める一発――。
 というのは意外と少ない。塁上に誰も残らない本塁打は、その一発だけで終わってしまうことが多いからだ。それよりも、常に走者を置き、コツコツつなげられる方が守備側にとって厄介。早稲田実高が中京大中京高戦で初回に単打7本、二塁打1本で7点、5回に単打10本、二塁打1本で12点を奪ったのがいい例だ。その意味で、一発の後にどれだけつなげられるか。本塁打だけで終わらず、どれだけ攻められるかが重要になってくる。
 聖光学院高対履正社高の試合も、そこが勝負の分かれ目になった。
 1対0と聖光学院高のリードで迎えた5回。聖光学院高は1死からエース・歳内宏明がレフトスタンドへソロ本塁打を放つ。9番打者の予想もしない一発に動揺したのか、履正社高の先発・飯塚孝史は2死後、2番の根本康一に死球を与えた。根本はすかさず二塁盗塁に成功。山口宏希がセンターフライに倒れて点は入らなかったが、クリーンアップの打席で得点圏まで走者を進め、相手に重圧をかけた。
 2対2の同点で迎えた8回には、2死一塁から斎藤英哉が救援していた履正社のエース・平良寛太からライトへ勝ち越しの2ランをたたき込む。展開的に「これで決まったかな」という雰囲気だったが、聖光学院高はここから攻め続けた。がっくりした平良が7番の星祐太郎に死球を与えると、板倉皓太が2ストライク1ボールから食らいついてレフトへの安打。続く歳内がレフト前にタイムリーを放って、下位打線の3人で1点を追加し、ダメを押した。

 一方の履正社高は、2点差にリードを広げられた直後の6回、プロ注目の3番・山田哲人がレフトスタンドへ同点の2ラン。スポーツ紙で“T−山田”と騒がれ、ファンが期待していた通りの本塁打で球場は盛り上がったが、その後がつながらない。4番の石井元はセカンドフライ、5番の大西晃平は空振り三振で文字通り一発だけに終わった。
「ホームランの後は自分も狙いたい気持ちはあるんですけど、それを抑えてライト前を意識しています。でも、今日は低めのスプリットに手を出してしまった。低めは打たないと決めてたんですけど……。見逃せばボールです。やっぱり、決めたことをしないと打てないですね。山田さんが打って楽になったのに、力んでしまった。空回りしてしまいました。ホームランの後の流れですよね。相手の攻めがうまかったです」(石井)

引きずらず、動揺しないこと

 ここで見逃せない点がふたつある。ひとつは、本塁打を打たれた後の投手。一発に動揺し、力んで死球を与えた履正社高の2投手に対し、歳内は4、5番をそれまで通りの投球で冷静に打ち取った。
「ウチではよく『前後裁断』という言葉を使っています。打たれたものはしょうがない。引きずらず、動揺しないことが野球選手にとって必要。それが強さだよと」(横山博英部長)
 本塁打だけではない。自分ではベストボールと思った投球をボールと判定された直後に明らかなボール球を投げる。打ち取ったと思った打球を味方がエラーしてしまった直後に痛打される……。そういう姿が見えたら、聖光学院高では徹底的に話をする。考え方、精神的な部分は一朝一夕には身につかない。普段から、何度も何度もくり返して話すことによって鍛えていく。それが頭にあるから、同点本塁打が出た後も選手たちは冷静だった。
「履正社は打線が強いので、打たれるのは当たり前。(2対0で)そのまま終わるわけはないと思っていました。歳内は攻めて打たれていたし、動揺はなかったです」(レフト・板倉)

 もうひとつは、本塁打が出た後の打者。あっさり凡打した履正社高に対し、聖光学院高は気持ちでつないだ。8回2死一塁からレフト前ヒットでつないだ8番の板倉は言う。
「簡単に初球を打ってアウトになったら、ホームランを打っても流れは向こうにいってしまう。相手がリズムよくいかないよう、仕掛けたり、球数を多く投げさせたりすることは考えています。普段から『リズムを整える役割をやろう、考えろ』と言われているので」
 板倉は2ストライクまであえて打たなかった。それは、リズムを整える意味もあるが、もうひとつ大きな理由がある。
「(星)祐太郎がデッドボールを食らって痛そうだったので、治療の時間が必要だなと。時間を取りたかったので、すぐに打たず、2ストライクまで見て、粘っていこうと思いました」
 仲間のために、自分ができることをやろうとしていた。板倉には、こんなエピソードがある。聖光学院高で胃腸炎が流行したときのこと。教室で、野球部ではない一般の生徒がもどしてしまった。それを見て周りの生徒たちは「汚い」とひいていたが、板倉は嫌な顔もせず、サッと片づけたのだ。仲間のために人の嫌がることでも進んでできる。そういう選手だから、試合でも仲間を思いやり、全体の流れを考えることができる。

 精神面の安定、流れを読む力、そしてチームメートを思いやる心。
 本塁打の後の攻撃は、決して偶然ではない。
 聖光学院高が一枚上手だった。
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著者プロフィール

スポーツジャーナリスト。1975年12月31日、神戸市生まれ。学習院大卒業後、ラジオ局勤務を経てスポーツジャーナリストに。高校野球の徹底した現場取材に定評がある。『智弁和歌山・高嶋仁のセオリー』、『高校野球監督の名言』シリーズ(ベースボール・マガジン社刊)ほか著書多数。講演活動も行っている。「甲子園に近づくメルマガ」を好評配信中。

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