厳しい航海に乗り出した新生レ・ブルー=船長ローラン・ブランとともに

木村かや子

最悪の状況の中で誕生した新監督ブラン

ノルウェー代表との親善試合に挑んだフランス代表のブラン新監督 【Photo:PanoramiC/アフロ】

 フランス代表新監督ローラン・ブランと新生レ・ブルー(フランス代表の愛称)は、希望の薄日の差す海へ、ひめやかに進水した。確かにノルウェーに対する1−2という結果は、華々しいデビューと呼べるものではなかったし、南アフリカ・ワールドカップ(W杯)代表の23人を外して臨んでいた(理由は後述)だけに全ぼうは見えず、チーム作りの大仕事がまだまだこれからであることは言うまでもない。しかしブランの聡明さは、デビュー戦となった8月11日の親善試合の前から、そこかしこに見えていた。

 ブランは、前例のない喧騒(けんそう)の中で代表のかじを手渡された。W杯が終わった後も、フランス国内では(W杯での)南ア戦を前に練習をボイコットした代表選手たちへの非難が長々と渦巻き、ボイコットの首謀者格の選手を処罰すべきと主張する政治家、リリアン・テュラムをはじめとする元代表選手や協会関係者、また選手本人らがさまざまな意見を吐いて、収拾がつかない事態になっていたのだ。就任間もない7月23日、ブランはまず、ボイコットを行った代表選手23人を、罰としてノルウェー戦に招集しないと発表。こうすることで、処罰を求める声をひとまず鎮め、9月から始まるユーロ(欧州選手権)2012予選という重要な試合で自分の望む選手全員を選択肢に入れられるよう、布石を打った。

 一部の選手ではなく全員を罰したことで、選手たち自身もこの決断にもろ手を挙げて賛同した。南アでのありさまに怒りを見せたブランではあるが、おそらく、ヒステリックな騒ぎに早く終止符を打ち、今後はそれでなくとも難しいこの任務にスポーツ面にだけ集中して臨みたい、というのが本音だったのだろう。同時に、ある意味でより興味深かったのは、本来主力の23人を外すことにより、(前監督の)ドメネクから除外された多くの才能ある若手選手の力を試す機会が生み出されたことだった。まさに一石二鳥の名案である。

 通常、若い選手たちは代表に呼ばれても大物と練習を共にし、ラッキーな何人かが最大数十分のプレーチャンスを得るのがやっとだが、今回は、彼らにプレーの鍵が渡された。W杯出場組の23人に関しては、親善試合1試合除外するだけでは罰として甘いという声も出ているが、時が経つにつれ、徐々にその勢いも弱まりつつある。ボイコットの真相を探るために設立された調査委員会に対しても、これ以上出てくる新事実はないのでは、という意見が出始めており、つまり、うまくいけばこのまま丸く収まりそうな雰囲気なのだ。

ポイントを稼いだのはナスリ、エムビラ、ベンアルファ

 そんな中、今回ブランにチャンスを与えられた選手たちのモチベーションは尋常ではなかった。ドメネクに試されたがミスを犯し排斥された28歳のフィリップ・メクセスが、ノルウェー戦のピッチ上では最年長。キャプテンの腕章を託された彼は、この雪辱の機会に燃えに燃えた。また、ユーロ2008ではわずか数分のプレー時間しか与えられず、その後故障もあって蚊帳の外になっていたサミール・ナスリ、招集されるも最後に決まって重要大会の代表から外されてきたハテム・ベンアルファら多くの選手たちが、ゴールを稼げるチャンスに並々ならぬ意欲を見せていた。
 しかしそれ以上に目を引いたのは、この若いチームの皆が、独演で目立とうという行為から遠く離れて、絶えずチームプレーの重要性を強調し、口だけでなくピッチ上でその姿勢を実践していたことだろう。ある意味で南アの23人の失態が、若い世代に重要なレッスンを与えていたのである。

 ブランは、相手が長身のノルウェーということもあり、この試合のゲームプランを「ボールを地につけ、ショートパスで組み立てるサッカー」と要約していた。そして特に前半、このブランの指針は明確にプレーに反映され、トップ下のナスリが起点になって軽快なパス回しで攻め上がる興味深いプレーが展開されることになる。フランスでは、プレー評価に「興味深い」という言葉がよく使われるのだが、この試合の前半のプレーほど「興味深い」という表現がふさわしいものはなかった。それは「物になるかまだ分からないが、大きなポテンシャルを感じさせる」プレーだ。

 前半のフランスは、パリ・サンジェルマンの巨人ギローム・オアローと俊敏なロイック・レミーを2トップに、その背後、ジダン(元フランス代表)タイプのプレーメーカーの位置にナスリを、中盤のストッパーにレンヌの20歳ヤン・エムビラを入れた、中盤がひし形の4−4−2を採用した。中央のナスリの存在がボールを効果的に回す上での重要な起点になっており、オアローの周りを動き回る形でプレーしたレミーが時折サイドからクロスを送ってチャンスメーク。ユース代表と見まがう若い中盤には、ほかに、いわゆるウインガーではなく攻撃にも加勢する守備的MF(共に20歳のムサ・シソコと、より攻撃的なシャルル・エヌゾグビア)が起用された。一見したところやや中央よりの布陣だったが、現実には選手の動きの良さからサイドと中央の両方がうまく使われ、攻撃にバリエーションが生まれていた。

 南アでの主力代表よりも軽快に見えるスムーズなパス回しでチャンスを創造してはいたものの、この前半のレ・ブルーが「素晴らしい」ではなく「興味深い」となるのは、それにもかかわらず得点に至らなかったから、つまり何かが足りなかったからだ。だが、ここに次回からより経験豊富な選手が加わることを考え合わせれば、構成が難しい反面、幸先はいい。
 個人的にこの試合で特に目を引いた選手を2人を挙げるとしたら、それはナスリとエムビラだ。見事なボール配分で攻撃の仕掛け人となったナスリのパスは、正確かつ意図があり、だてに「ジダン2世」と呼ばれた逸材ではないことをあらためて思い出させた。この試合だけ見ていると、これまで同ポジションに定着していたヨアン・グルクフは、まったくうかうかしていられない。

 一方、招集自体が意外と見られていた守備的MFのエムビラは、クリーンなボール奪回と、奪ったボールを有効に活用する能力で、うれしい驚きを誘った。実際この日テレビ解説を務め、分析力で定評のある元代表選手のビセンテ・リザラズが、手放しでたたえていたのがこのエムビラだったのである。エムビラと言えば、昨年のレンヌで、やはり予想外の急成長を見せ、稲本潤一(現川崎フロンターレ)をベンチに追いやった選手。6月に20歳になったコンゴ共和国にルーツを持つこの若手は、現在フランス一と評判のレンヌ下部組織の出身で、どちらかというとユース代表選手として知られていた選手だった。

 また、後半に投入されるなりペナルティーエリア外からいきなり豪快なゴールを決めたハテム・ベンアルファにも触れておかねばならないだろう。ピッチ入場の2分後に個人の力で状況を打開した彼もまた、「ジダンの再来」と言われたことのある選手。周りの選手を有効活用し、プレー面でよりジダンとの類似点の強いナスリと比べ、やや独演家の色があるが、いざという時に違いを生むその才には、一目置かざるを得ない。彼が現在のところ所属するマルセイユの監督、ディディエ・デシャンが再三言っているように、彼が20分間にやることを90分できるようになったら、本当に怖い男となる。

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著者プロフィール

東京生まれ、湘南育ち、南仏在住。1986年、フェリス女学院大学国文科卒業後、雑誌社でスポーツ専門の取材記者として働き始め、95年にオーストラリア・シドニー支局に赴任。この年から、毎夏はるばるイタリアやイングランドに出向き、オーストラリア仕込みのイタリア語とオージー英語を使って、サッカー選手のインタビューを始める。遠方から欧州サッカーを担当し続けた後、2003年に同社ヨーロッパ通信員となり、文学以外でフランスに興味がなかったもののフランスへ。マルセイユの試合にはもれなく足を運び取材している。

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