理想的な「チームの終わらせ方」=宇都宮徹壱の日々是世界杯2010(7月1日@ヨハネスブルク)

宇都宮徹壱

準々決勝を前に感じた変化

空港に向かう幹線道路に設置された出場国の国旗。なぜかこの日は少し物悲しく見える 【宇都宮徹壱】

 大会21日目。この日もノーゲームデーである。さすがに宿にこもりきりというのも良くないので、同宿の仲間を空港に送り、そのままサッカーシティに向かうという車に便乗させてもらった。道中、空港に向かう幹線道路沿いに、さまざまな国旗が並んで風にたなびいているのが見える。イングランドがある、イタリアがある、メキシコがある、カメルーンがある、そして日本がある。もちろん、今大会に出場していた32カ国の国旗だ。

 ふと、3週間以上前に南アに乗り込んだ時のことを思い出す。当時、色とりどりの国旗を眺めながら強く感じたのは「いよいよワールドカップ(W杯)が始まるぞ!」という高ぶる思いであった。ところが今はどうしたことか、何とも言えぬ物悲しさばかりが胸に迫る。当然だろう、すでに24カ国が大会から姿を消しているのだから。そういえばわれわれの宿にも、ちょっと前までは米国人やらホンジュラス人やらの姿を見かけたものだが、今ではわれわれ日本のジャーナリストだけになってしまった。明らかに、大会の終わりが近づいていることを感じる。

 サッカーシティのプレスセンターは、やはりノーゲームデーということもあり、こちらも閑散としていた。すっかり顔なじみになったチケットデスクのボランティアスタッフは、きびきびとした動きで、2日のウルグアイ対ガーナのトリビューンチケットを取り出してくれた。初めてここを訪れた3週間前は、何度も並ばされた揚げ句になかなかチケットが出てこず、カウンター前はまさにカオス状態。あちこちで罵声(ばせい)が飛ぶこともしばしばであった。その時は「ああ、やっぱりアフリカだから仕方がないのかな」と思ったりもしたが、その後は日を追うごとに、彼らの事務処理能力は格段に向上している。

 実際、ボランティアスタッフに接してみて感じるのは、こちらが想像していた以上に意識が高い人が多いことである。おそらくその根底には「アフリカでもこれだけできるんだ」という、彼らなりの矜持(きょうじ)があるのは間違いない。もちろん、日本やドイツのように、すべてが整然と物事が進むわけではないし、今でもかなり無駄はある。それでも、彼らには「さらに良くなろう」という強い意欲があり、それが確実に成果となって表れている。そうした点については、純粋に評価すべきだし感謝したいとも思う。

日本代表の帰国会見で感じたこと

 日本代表の帰国に関する報道は、サッカーシティのプレスセンターで確認することができた。ネット上でアップされている映像を見ると、関西空港で行われた会見は、ずい分と晴れやかで和気あいあいとしたものであったことがうかがえる。岡田武史監督の満面の笑顔も、本当に久しぶりに見たように思うし、選手たちの表情も大会を通して風格のようなものさえ感じられるようになった。今野泰幸のモノマネと森本貴幸の「南アフリカの歌」には、遠く南アの地にて大いに笑わせてもらった。と同時に、こうした雰囲気の中から、普段なかなか目にすることができなかったチーム内部の雰囲気というものも、それなりに想像することができた。本当に、よくぞここまで一体感のある集団になったものだと思う。

 チームの一体感については、最後の試合となったパラグアイ戦が延長戦に突入した時にも強く感じられた。疲労困憊(こんぱい)でピッチから戻ってきた選手たちに対して、ベンチの選手たちが総出でマッサージにあたっていたのである。その一方で、中村俊輔が長友佑都に何事か戦術的なアドバイスをしているのも印象的だった。おそらく彼の中では、もはやW杯のピッチに立つことはないかもしれないという諦念があったのだろう。それを認めた上で、自らが得意とする戦術分析でもってチームのサポート役に回ったのは間違いない。

 とはいえ、本当にチーム全員が一丸となったのかと言えば、実のところ微妙な温度差はあったと思う。具体的な指摘は控えるが、いささか腐り気味の選手も確かにいたようだ。それでも前回大会に比べれば、その割合は極めて少数派であり、ほとんどの選手は、スタメンであれ控えであれ「フォア・ザ・チーム」に徹していた。前回大会からの教訓は、しっかりと生かされていたのである。今大会はカメルーンやフランスのように、チーム内での分裂により本来の力を発揮できないまま寂しく大会を去り、帰国後も激しい非難の応酬が続いているチームも少なからずあった。それを思えば、残念ながらベスト8には到達できなかったものの、チームが(ほぼ)一丸となって全力を出し切り、帰国後もこれだけ温かい出迎えを受けた日本代表は、ある意味、実に理想的な「チームの終わらせ方」を迎えることができたと言えるだろう。正直、私自身も少しほっとしている。

 かくして日本代表が去った南アで、あらためて大会の行方について注視することにしたい。準々決勝は南米対欧州の対戦が3試合、そして南米対アフリカが1試合。とりわけ後者、サッカーシティで行われるウルグアイ対ガーナは、アフリカ勢初のベスト4進出が懸かる試合だけに要注目だ。もしもこの快挙が実現したならば、開催国・南アのグループリーグ敗退を忘れさせるくらいのインパクトを、大会にもたらすことになるだろう。2日は、まさに「大会の成功」を左右する、このカードをリポートする。

<この項、了>
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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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