インテル化するW杯=変わりゆく戦術トレンド

西部謙司

例外的な強豪国の戦術

攻撃的かつ組織的なチリのサッカーは今大会、多くの注目を集めた 【(C) FIFA/FIFA via Getty Image】

 インテル化。これが今大会のトレンドといっていいかもしれない。ただし、インテルほどうまくやれるチームは実は少なかった。インテルにはディエゴ・ミリート、エトー、パンデフ、スナイデルといった強力なアタッカーがいる。彼らがやったのは“強者のカウンター”だった。しかし、W杯でインテル式を採用した多くの国には強力なカウンターのスターはおらず、普通に弱者のカウンターにすぎなかった。

 強者のカウンターの権威であるイタリアはコンダクターのピルロを欠き、肝心のカウンターエースとなるストライカーにも威力がなく、しかも鉄壁のはずの守備にも水漏れが生じていた。強者のカウンターどころか、「イタリア」という看板を外せば普通の弱いチームだった。
 強者のカウンターが成立していたのはフォルランとスアレスを擁するウルグアイ、クリスティアーノ・ロナウドのいるポルトガルぐらい。ブラジル、ドイツもこの部類に入るかも知れないが、この2チームについては後述したい。

 こうしたカウンター主体の戦術とは対照的に、ボールを支配して主導権を握り、より多くのチャンスメークと得点を狙うスタイルでプレーしていたチームとしては、アルゼンチン、オランダが挙げられる。ともにメッシ、ロッベンという特別な武器を持っているのが共通点だ。個人のドリブルで組織に穴を空けられるタレントがいる。この2人は、現代の守備戦術への1つの回答だ。
 初戦のナイジェリア戦で、メッシがドリブルを開始した時のほかのアルゼンチン選手たちは、まるで置き物みたいだった。メッシが苦しくなったときにワンツーをするための壁、ピンボールの障害物みたいになっていた。メッシやロッベンという個の力を生かすために、ほかの選手がいかに動き、または動かないで助けるか。バスケットボールのアイソレーション的な発想と言えるかもしれない。ただ、アルゼンチンとオランダは攻めているときは強いが、守備はそれほどでもない。攻められた時にどうなるかはまだ分からない。これはスペインも同じだ。ブラジルとドイツは強者のカウンターができて、相手に引かれたときにはパスワークを駆使できるし、セットプレーからねじ込むこともできる。最もバランスのとれた2チームで論理的には優勝に近い。

 しかし、大会で最も驚きを与えたのはチリだと思う。非常に攻撃的かつ組織的で、さほど特別なタレントがいないのに多くの決定機を作り出していた。即興ではなく、準備された攻撃のアイデアが見られた。また、単純に攻撃に人数をかけてもいる。リスクを冒していた。チームとしてリスクを冒す方法を知っていたとも言える。攻撃して得点するために緻密に準備されたチームだった。もちろんリスクはゼロにはならず、ゼロどころか多大なリスクを負っているために、スペインやブラジルには決定力の差でやられてしまったが、彼らの勇気と攻撃の美学はかつてのブラジル、オランダが持っていたものだ。インテル化に迎合せず、スペインやオランダとも違う独自の方法を示して多くのファンを獲得した特異なチームだった。

<了>

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著者プロフィール

1962年9月27日、東京都出身。サッカー専門誌記者を経て2002年よりフリーランス。近著は『フットボール代表 プレースタイル図鑑』(カンゼン) 『Jリーグ新戦術レポート2022』(ELGOLAZO BOOKS)。タグマにてWEBマガジン『犬の生活SUPER』を展開中

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