ポゼッション至上主義の終えん?=宇都宮徹壱の日々是世界杯2010(6月21日@ヨハネスブルク)

宇都宮徹壱

美女とバナナとクーデターの国

同じ宿に泊まっていたホンジュラスのサポーター。全員がきれいな英語を話していた 【宇都宮徹壱】

 大会11日目。ワールドカップ(W杯)たけなわということで、ヨハネスブルク近郊にある私たちのB&Bにも、日本人以外の客が急に増えている。この日の朝食時には、スペイン語を話す男女が何やら楽しそうにおしゃべりをしていた。とはいえ、具体的にどの国からやって来ているかは分からない。その後、彼らが駐車場で自分たちの車に国旗を貼り付けているところに遭遇して、ようやくその出自が明らかになった。青・白・青の横3色に、中央に5つの青い星。彼らはホンジュラスのサポーターであった。この日、彼らの祖国は、欧州王者スペインと対戦することになっていたのである。

 北中米カリブ地域といえば、まずメキシコと米国という2大サッカー大国が予選上位を独占しており、第3位の座を巡って、コスタリカ、トリニダード・トバゴ、ジャマイカ、カナダといった国々がしのぎを削る構図が続いている。ホンジュラスの本大会出場は、1982年のスペイン大会以来、実に28年ぶり。この大会でホンジュラスは、開催国スペイン、そして北アイルランド、ユーゴスラビアと同組となり、0勝2分け1敗のグループ最下位で大会を終えている。久々に登場した今大会は、再びスペインと同組となった因縁もあり、前回以上の戦績が期待されている。まずは本大会初勝利を狙いたいところだが、初戦の対チリ戦は0−1で敗れてしまった。

 ところでホンジュラスという国は、残念ながらわが国とはあまりなじみがない。何となくイメージできるのは、美女とバナナとクーデターの国、ということであろうか。このうちクーデターに関しては、もはや「お家芸」と呼べるくらい頻発しており、つい昨年にも軍事クーデターが勃発(ぼっぱつ)して、当時現職だったセヤラ大統領がニカラグアに亡命したことがニュースになった。エルサルバドルやニカラグアのような、悲惨な内戦に見舞われるようなことはなかったが、国情が安定しないために国民は中米最貧の生活を強いられ、豊かさを求めて米国をはじめ国外に流出する人々も少なくない。今大会、自国の代表を応援するべく駆け付けたサポーターも、そうした経済移民が大半を占めていることだろう。

 ちなみにホンジュラス政府は、今回の代表の快挙に応えるべく100万レンピラの強化資金増額を決定したと伝えられる。日本円にして、およそ500万円弱。先進国の感覚からすれば、ケタが2つほど違うのは間違いない。当然、本大会に向けた準備にもおのずと限界はあるし、メンバーも半分以上が国内組だ。そんなホンジュラスが、どれだけスター軍団スペインに抵抗できるのか――個人的な注目は、まさにその一点に絞られていた。

サッカーのスタイルに善悪はない!

自信満々の表情を見せるスペインのサポーター。だがこの日もボールは回るがゴールは遠い 【宇都宮徹壱】

 今回はあまり時間がないので、いきなり結論めいた書き方をさせていただく。ヨハネスブルクのエリスパークで行われたスペイン対ホンジュラスの一戦は、2−0でスペインが順当な勝利を収めた。だが、両者の戦力差を考えると、何とも物足りなさばかりが残るゲームとなった。
 17分、ピケからのロングボールを受けたビジャが、左サイドから中央にドリブルで切れ込み、鋭い切り返しで相手DFを振り切って見事な先制ゴールを挙げる。後半6分にも、ナバスとのパス交換からビジャがシュートを放ち、弾道は相手DFに当たってゴールイン。ちなみにビジャは、後半17分にもPKのチャンスを与えられるが、シュートは枠をとられることができず、みすみすハットトリックのチャンスを逃してしまう。

 得点シーン以外でも、基本的にゲームを支配していたのはスペインであった。特に2点目が決まってから以降は、まるでやりが刺さった牛をいたぶる闘牛士よろしく、優雅で諧謔(かいぎゃく)に満ちたパスワークを披露するようになる。確かに見世物としては、そこそこ楽しめた。しかしながら、パスはつながるもののゴールは遠く、そのうちに見る者にストレスを強いるようになる。なにしろ、22本のシュートを放ちながら2点止まりという状況は、どう考えても尋常ではない。対するホンジュラスも、必死で体を張って失点を防ぐものの、反撃に転じたときのスピードは緩慢で、ゴールに至るまでのメソッドも確立されておらず、こちらも点が入る気配が感じられない。2−0というスコアになってからは、両者ともに事情の異なる得点力不足を露呈して、実に歯がゆい試合内容に終始した。

 思えば、2008年のスペインのユーロ(欧州選手権)での優勝、そして09年のバルセロナのチャンピオンズリーグ優勝は、いずれもポゼッション重視の攻撃サッカーが、最も美しく理想的なものであり、それこそが善であるというテーゼを世界中に流布させることとなった。その結果として「攻撃的=善」「守備的=悪」と言わんばかりの二元論や、ポゼッションさえ高めていればおのずと勝利できるといった悪しき誤解がまん延し、誰もがスペインやバルセロナを「あるべき姿」として追い求めるようになっていった。だが言うまでもなく、サッカーのスタイルに善悪はなく、美醜の価値観も国や時代によって大きく異なる。整形手術によってスタイル抜群の美人ばかりになった世界が、どれほど無意味で味気ないものか想像してみるといい。今回のW杯は、そうした現状を是正する、まさに契機となる大会になりそうな気がしてならない(スイスの堂々とした戦いぶりを見よ)。

 スペインが所属するグループHは、勝ち点6でチリが首位、勝ち点3でスペインとスイスが並び、勝ち点0のホンジュラスも(あくまで数字上だが)グループリーグ突破の可能性を残している。この試合、2点に終わったスペインは最終戦の対チリ戦に引き分けた場合のことを考えると、もっと得失点差を伸ばすべきであった。いずれにせよ、25日に行われるグループHの最終戦は、極めてテンションの高い試合となることだろう。
 なおこのゲームでは、主審の西村雄一、副審の相楽享の両氏が、無難にゲームをコントロールしていたことを付記しておきたい。日本人審判によるレフェリングが、こうした最高の舞台で見られることは実に頼もしい。もっとも、日本代表が決勝トーナメントで勝ち進んだなら、必然的に彼らの姿が見られなくなる可能性がある。その意味でも、彼らの雄姿はしっかり記憶にとどめておこうと思った次第だ。

<この項、了>
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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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