グリフィーが引退=イチロー「支えられていたものがなくなってしまう」

丹羽政善

サヨナラ安打は「24」の文字へ

引退を発表したマリナーズのグリフィー 【Getty Images】

 舞台は整った。

 延長10回裏2死一塁で、ジョシュ・ウィルソンがヒットを放ち、イチローにつなぐ。

 ケン・グリフィーの引退が明らかになったこの日、イチローは、彼からフランチャイズそのものを引き継ぐことができるのか。

 その試金石となった打席で、イチローはセカンドにサヨナラ内野安打を放つ。打球の飛んだ方向には、グリフィーが背負ってきた「24」の文字。吸い寄せられるようだった。

「本当は24番のところを抜けていって欲しかった」とイチロー。「それでも最後は24番のところに飛んでいって……」

 出来過ぎたシナリオ――彼自身も理屈では説明のつかない現象に戸惑いを伺わせた。

クラブハウスは異質の雰囲気に

 今思えば、練習が始まる前のクラブハウスには、前日までとは異質の空気が流れていた。

 こうだ、という具体的なものはない。それは、通いなれた道の風景がまったく同じように映るのに、それでも何かが違うといったようなたぐいの違和感であり、気のせいと思えばそれまでだが、でも、確実に何かが違った。

 実は、デービッド・アーズマと取材の約束があった。彼のところに歩み寄れば、「打撃練習が終わってからもいいかなあ?」と、申し訳なさそうな顔を向ける。

 急ぎでもないので構わなかったが、彼がそうして取材を断るのはまずないこと。伏し目がちだったのは、彼はグリフィーの引退を耳にしたばかりだったようだ。

 その後――通常、ドン・ワカマツ監督の試合前会見は午後4時20〜25分ごろから行われるのだが、この日は4時10分ごろから始まっている。会見終了後、打撃投手を務めるワカマツ監督は、そのままキャッチボールを始めるのがいつもの流れだが、今日はストレッチを始めようとする選手の輪に加わった。そこにグリフィーがいないこと。そこで監督が何かを話すこと自体が、考えてみればすべてを物語っていたように思う。

 知っている選手はすでに知っていたようだが、知らなかった選手もそこで、グリフィーの引退を知らされたという。イチローもその場で知ったと話している。

 その後、再びメディアの前に立ったワカマツ監督は、全員いることを確かめてから、こう切り出した。

「今日、グリフィーが引退を決断した」

 監督の神妙な顔つき。いや、人を集めた時点でなんとなくことは察せられたので、そこで驚きの声を上げるメディアは少なかったが、短い会見が終わると、多くは一斉に携帯を手に、いろいろなところに報告を始めた。

 打撃練習終了後、選手は足早に引き上げ、積極的に取材に応じる選手は少なかったが、メジャーにデビュー(2007年6月22日)して、初めて対戦した打者がグリフィーだったというライアン・ローランド-スミスはこんな思い出を口にしている。

「あのとき、出番があると思ってウォームアップしながら、相手の打順を見ていたら、グリフィーの打順が近づいて来た。左だから、俺かなあ、と思っていたら、本当に呼ばれて……。あのとき、4万人を超えるお客さんがいたからねえ。四球なんか出したら、こっちがブーイングされると思ったから、とにかくそれだけは避けようと……」

 で、結果は――。

「三振だった。最後はカーブだったかな。自分の中でのあの瞬間は、今でも特別だね。メジャーで初めて対戦した打者がグリフィーなんて、ある意味、幸運なことだから」

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著者プロフィール

1967年、愛知県生まれ。立教大学経済学部卒業。出版社に勤務の後、95年秋に渡米。インディアナ州立大学スポーツマーケティング学部卒業。シアトルに居を構え、MLB、NBAなど現地のスポーツを精力的に取材し、コラムや記事の配信を行う。

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