静かなる招致合戦に異議あり!=2022年FIFAワールドカップ日本招致活動を考える

宇都宮徹壱

招致活動DVDで感じた「懐かしさ」

日本の2022年W杯招致のコンセプトは「208 Smiles」。笑顔をもたらすW杯の実現だという 【Photo:杉本哲大/アフロスポーツ】

「僕はあの日、変わった。あの日、2022年、僕は日本にいた」
 このアフリカ系の少年のフランス語によるモノローグから、招致活動のコンセプトビデオはスタートする。作品のタイトルは「208 Smiles」。208とは、FIFA(国際サッカー連盟)に加盟する国と地域の総数。それらサッカーファミリーの笑顔で、大会を埋め尽くそう、ということらしい。

 実際、未来の(といっても、わずか12年後の話だが)ワールドカップ(W杯)は、なかなかに楽しそうだ。人々は耳に装着した「自動翻訳機能」でコミュニケートし、スマートフォンのような「観戦サポート機能」で観戦に必要なさまざまな情報を引き出し、無人のスタジアムに映し出された「フルコート3Dビジョン」の映像に熱狂。そして「超臨場感コミュニケーション」で出現したサンバカーニバルの衣装を身にまとったダンサーと大いに盛り上がる、といった具合である。

 映像の中で展開される「次世代W杯」は、目の覚めるような日本の技術力に彩られていて、世界中の人々の笑顔で溢れ返っていた。もちろん、未来についてあれこれ想像することは楽しい。しかしながら私は、このDVDを見ていて未来に思いはせるのではなく、むしろ過去の方向にベクトルが向いていくのを感じた。

 ご存じの通り、日本にとってのW杯招致活動は今回が2回目である。結果として「共催」という形になってしまったが、90年代の半ばに日本と韓国は、招致活動のデッドヒートを演じていた。そして当時の私は、その末端でコマネズミのように必死で働いていたのである。ゆえに、この8分50秒の映像を見ているうちに、何とも名状し難い懐かしい感情を抑えることができなかった。

 今から14年前の1996年、私はとある映像制作会社に勤務するAD(アシスタント・ディレクター)であった。その会社はサッカー業界ではかなり有名で、FIFAに提出する2002年W杯日本招致活動のビデオを製作していたのである。実は私自身、その仕事にどっぷり浸かることはなかったが、それでも日韓の招致合戦の激しさについては、ぺーぺーのADなりに肌で感じ取っていた。

輝かしく感じられた2002年のW杯

 そんなある日、スタッフの人数が足りないというので、ついに招致活動ビデオの撮影現場に投入されることになった。ロケ地は埼玉の駒場スタジアム、撮影内容は「ヴァーチャルスタジアム」、そして私の役どころは「仕出し」の誘導である。

「仕出し」とは、業界用語でエキストラを意味する。ただし、今回の撮影は「世界中の観客がヴァーチャルスタジアムに熱狂する」という設定だったので、エキストラは全員が外国人(外国人専門の「仕出し屋」があったのだ)。白人、黒人、アラブ人、アジア人。子供もいれば、老人もいる。彼らをスタンドの一角に集め、ディレクターの合図で、スクリーンから飛び出すトロフィー(あとで合成)に全員が立ち上がって手を伸ばす、というシーンの撮影だった。なかなか全員の意思統一ができずにテイクを重ね、予定されていたすべてのカットの撮影が終了したのは、午前0時に近かったと記憶する。

 確かに、しんどい現場ではあった。エキストラのわがままにも、かなり翻ろうされた。だがそれ以上に、本当に貴重な経験をさせてもらったと今でも思っている。なぜならあの時に初めて私は、まだ見ぬW杯というイベントの大きさを、ぼんやりとではあるがイメージすることができたからだ。さまざまな肌の色の人間がスタジアムに集い、さまざまな母語を発しながらボールの軌跡に一喜一憂する。そしてゴールの瞬間には、ある者は喜びを爆発させ、そしてある者は絶望に打ちひしがれる。そんな劇的で愉快な光景が、この日本で見られるのかもしれない――そう考えると、世紀末の閉塞感を超えて、2002年の日本が何やらとても輝かしく、楽しみに思えるようになったのである。

 それから6年後、日本でのW杯は実現する。ただし大会が日韓共催で行われ、ヴァーチャルスタジアムが企画倒れに終わることなど、当時のぺーぺーのADはもちろん知るよしもなかった。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)。近著『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。W杯招致では、基本的には日本開催に「賛成」の立場を取る。

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