アンドレ・アガシ、青春の蹉跌=テニスマガジン根本編集長コラム
アガシとローランギャロス
彼は1999年に全仏オープンを初制覇し、これによって生涯グランドスラム(4大大会全制覇)を果たすのだが、そもそも強烈なグラウンドストロークの使い手だったアガシにとって、赤土のローランギャロス(※)こそが勝手気ままに振る舞うことのできる“庭”だと思われていた。それが、もっとも不得手と言われた芝のウィンブルドンがグランドスラム初タイトルとなり(92年)、全仏が最後のコレクションとして残ってしまうのだから、テニスは不思議なものだ。
※編集部注:全仏オープン会場の名称。大会の愛称としても使用される。
86年、16歳でメジャーデビューしたアガシがグランドスラム初の決勝進出を果たしたのは、やはり90年の全仏だった。しかし、アンドレス・ゴメスに1−3で苦杯。30歳のエクアドル人の人生最高のプレーに戸惑い続けてしまった末の結果だった。同年の全米オープンでも決勝に進みながら同胞の19歳、ピート・サンプラスの引き立て役に回ってしまった。
近くて遠い、全仏の頂点
しかし――。立ち上がり好調と思えたアガシは失速してしまうのだ。6−3でファーストセットを奪い、セカンドセットも3−1リード。
ここでパリの気まぐれな雨。15分の中断。これがアガシのリズムを狂わしてしまった。
2度のブレークポイントをものにできず、結局、逆転されて4−6。第3セットは6−2で奪い、このまま一気に……とも思えたが、アガシの破壊的なグラウンドストロークに再び乱れが生じ、第4セットは1−6、ファイナルセットも大事なところで集中力を欠き、4−6。最後に笑ったのは、アガシとは同い年、同じニック・ボロテリー・アカデミーでは冷遇され、逆に同アカデミーの秘蔵っ子としてもてはやされたアガシに敵愾(てきがい)心を持ち続けてきたクーリエだった。
アガシが初めて全仏オープンの銀色のトロフィーを涙ながらに掲げるのは、実にこれから8年後。くしくも、後に最愛の妻となるシュテフィ・グラフ(ドイツ)が最後のグランドスラム優勝を遂げた99年の初夏のことだった。
<了>
<2010年全仏オープン大会日程>
5月23日〜6月6日 ※日本時間
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