日本はダークホースの戦いをすべし=元日本代表監督フィリップ・トルシエ氏インタビュー

宇都宮徹壱

W杯ではいかに戦うべきか。02年の日韓大会で日本をベスト16に導いたトルシエ氏に熱く語ってもらった 【宇都宮徹壱】

 ワールドカップ(W杯)南アフリカ大会の代表メンバー23名が発表されて、4日が経過した。その後、バックアップメンバー7名も発表され、ようやくわが国も本大会へのカウントダウンが始まった感がある。それまではおよそW杯イヤーとは思えぬほど、世間は本大会と代表に対して冷め切っていた。もうW杯出場に慣れてしまったからか、それとも今の日本に勝利が期待できそうにないからか、はたまた岡田武史監督に人気がないからか。いずれにせよ10日の国民的行事によって、ようやく「われわれの代表」は明確となった。かくなる上は、この「われわれの代表」に心からの声援を送りたいと思う。

 さて、これから紹介するのは、フィリップ・トルシエ氏へのインタビューである。言うまでもなく同氏は、2002年の日韓大会で日本代表をベスト16まで引き上げた指揮官である。当時はいろいろと批判もあったが、歴代監督の中で最高の成績を残したのは間違いなくこの人であり、当時の代表もまた、今では想像もつかないくらい輝きに満ちて、国民レベルの期待を寄せられる存在であった。ここはひとつ、かつてなく期待されていない現代表に、代表監督経験者として盛大なエールを送ってもらうことにしたい。

 なお、インタビュー自体は代表発表の2週間前に行われているため、23名枠のくだりについては「今さら感」は否めない。それでも、本大会で日本がいかに戦うべきかというくだりについては、十分に傾聴に値するものであることを強調しておきたい(取材日:4月27日 インタビュアー:宇都宮徹壱)

3バックは日本の守備に安定感をもたらす

――いきなりネガティブな話題からスタートして恐縮ですが、まったく盛り上がっていませんね、W杯。今日で開幕45日前なのに、まったく盛り上がっていない。この現状をトルシエさんはどうとらえていますか?

 私が日本代表を率いた8年前とは、もちろん状況が違っている。だが現在、日本代表がファンの期待に応えていない部分もあると思う。ファンの数自体は、昔とそう変わっていないだろう。だから盛り上がっていないのではなく(今の代表の在り方に)ファンが疑問を感じているのではないか。

――逆に4年前は、国民の期待感が大きすぎたわけですが

 ジーコ監督が率いた06年大会のメンバーは、02年大会の選手が大半を占めていた。(日本代表監督としての)任期が終わったあと、私は「06年大会は期待していい」と断言することができた。なぜなら02年のメンバーは皆が若く、06年には彼らの成長が期待できたからだ。にもかかわらず、ドイツから早々に帰国することになってしまった。それは、彼らのプレーが悪かったからではなく、ただひとつのディテールで初戦の勝利を逃してしまったからだ。初戦(対オーストラリア戦)のアプローチは悪かったものの、チームとしてのパフォーマンスが悪かったというわけではないと思う。

――だからこそ、失望も大きかったと。その意味で、この静か過ぎる状況は、むしろ代表に有利に働くかもしれませんね

 そう、今回のように期待がゼロに近い状況ということは、逆に良いことなのかもしれない。代表はマスコミやサポーターからのプレッシャーが強い。チーム関係者は今、自信を失いかけているのかもしれないが、期待されていないことが逆に選手たちの発奮材料になるかもしれないし、本番でもっといいパフォーマンスができるように努力するかもしれない。

――岡田監督にとってはどうでしょう。セルビア戦(4月7日)後の会見では、3バックやアンカーなど、今後は守備的な戦術をほのめかす発言をしていましたが

 それはいいことだと思う。というのも、日本の守備に安定感をもたらすために、3バックのシステム(の可能性)を私も考えていたからだ。今の代表には、守備ができるサイドバックが存在しない。日本のサイドバックの役割は、攻撃参加してクロスを入れること。つまり守備面よりも攻撃面のほうが重視されている。これは、日本には守備の文化がないからだ。

――確かに。内田(篤人)なり長友(佑都)なりに、今以上の守備能力を求めるのは、ちょっと酷ですね

 もちろん、守備能力が足りないからといって、今の代表のサイドバックが悪い選手だというつもりもない。ただ、攻撃がメーンの彼らをカバーするために(チームとして)何をすべきかを考えないといけない。ならば3バックのほうがいい。センターバックを3枚にすることで、サイドバックが上がった際には、彼らが残したスペースを埋めることができる。3バックがスライドすることで、長友なり内田なりが飛び出して空いたスペースをカバーできる。ただし、残された時間で3バックのシステムをチームに浸透させることができるかどうかは、これは別問題。柔軟性のあるチームであれば、試合途中でフォーメーションを変えることもできるだろう。だが(今の代表が)4バックから3バックに変更することができるかどうか、見極める必要はある。

今の代表に小野は必要だ

トルシエ氏が評する小野(写真)だが、W杯メンバー招集外となった 【Photo:ロイター】

――トルシエさんはちょっと前の『サッカーダイジェスト』(4月27日号)で、ご自身が考える日本代表23名を選んでいました。興味深いところでは、加地(亮)、小野(伸二)、前田(遼一)の名前を挙げていましたね

 もし4バックで戦うなら、生粋のDFである加地を右に入れたら守備が安定するだろう。(左サイドの)長友はよく攻撃参加するが、彼が上がったあとに(ディフェンスラインが)スライドすれば、カバーは十分可能だ。3バックにするなら、内田を右のアウトサイドに置くことも十分に可能だろう。長谷部(誠)は右でも使えるし、遠藤(保仁)と(守備的MFで)組ませてもいい。あと加えるとすれば、中田浩二だろう。なぜなら長友の代わりにプレーできる選手がいないからだ。中田ならそれができるが、そのためには誰かを外さなければならない。

――トルシエさんが推奨するスリーバックの陣容は、右から岩政(大樹)、(田中マルクス)闘莉王、中澤(佑二)です。このシステムの利点は何でしょう?

 先ほども言ったように、3バックならばアウトサイドの選手が上がっても守備的に安定するからだ。相手に攻められたときには(センターバックの)1枚がつぶしに行って、残りの2枚が絞ることで対応できる。あとはボランチを1枚ディフェンスに残せば、いつも4枚で守ることができる。ブロックしている状態から攻撃に移るときも、DF3枚とボランチ1枚が残る。今回の対戦相手を考えると、カウンターを仕掛けられるシーンが多くなるだろうから、そのときにしっかりブロックしなければならない。逆に4バックだと、ボランチが1枚残って中央は守れたとしても(両サイドの)空いたスペースを狙われることになるだろう。

――攻撃面では、本田(圭佑)と中村俊輔の共存の是非がよく話題に上ります。トルシエさんのお考えは?

 2人の同時起用はまったく問題がないだろう。中村がプレーするゾーンは中盤であり、スペースが空いているところにフリーな状態でボールをもらい、そこからいいパスを出すことができる。だからポジションも下がり気味になる傾向がある。逆に本田は、ゴールが近いところ、特にゴール前で勝負ができる選手だ。2人の本来の仕事はまったく違うから、同時に起用するのは何ら問題はない。2人の相性さえよければ、きっといいコンビになると思う。

――メンバー選考には、ベンチからチームを支える人材も必要です。02年にはベテランの中山(雅史)と秋田(豊)をチョイスしたわけですが、今の代表でそうした働きが期待できそうなのは……

 小野だ。彼は冷静かつ陽気なキャラクターだ。スターティングメンバーであってもなくても、彼の気持ちが変わることはないだろう。試合に出ればどのポジションでもこなすだろうし、ベンチであっても不平を言わずにほかの控えメンバーをまとめることができるだろう。彼の存在がチームの若手に与える影響は、とても重要だと思う。事実、彼の人間性とプレーは、清水にもポジティブなエネルギーを与えているのではないか。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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