日本はダークホースの戦いをすべし=元日本代表監督フィリップ・トルシエ氏インタビュー

宇都宮徹壱

初戦はカメルーンにとっても難しい試合になる

エトー(写真)率いるカメルーンにとっても日本戦は難しいものとなるという 【Getty Images】

――今大会、日本が組み込まれたグループEについてお聞きします。日本が決勝トーナメントに進出するための条件は何でしょうか?

 06年と同じ話だ。グループリーグで2位を確保するには、勝ち点4が必要。そこで重要になるのが(初戦の)カメルーン戦と(第3戦の)デンマーク戦だ。初戦には勝つか、せめて引き分けに持ち込まなければならない。もし初戦に勝つことができれば、日本がグループを突破する確率は80パーセントになるだろう。引き分けで50パーセント、負ければおそらく可能性はゼロに近いものになる。06年の初戦はオーストラリアだったが、あそこで敗れたことがダメージとなった。日本はオーストラリアを倒すべきだったし、それができていれば、グループリーグ突破は十分に可能だったと思う。

――では、2戦目のオランダとはどう戦うべきでしょうか?

 この試合では、ローテーションを考えて(初戦とは)違うメンバーを使ったほうがいい。より重要なことは、次のデンマークに勝つことだ。オランダの初戦の相手はデンマークだが、絶対に難しい試合になる。引き分けになるか、あるいはデンマークが勝利するかもしれない。そうなるとオランダは、グループリーグ突破のために必死で勝ちに来るだろう。もちろん初戦に勝ったら勝ったで、2戦目でグループ突破を決めておきたいと考えるはず。いずれにしても、日本がオランダを抑えるのは極めて困難だ。だからこの試合では、若い選手やモチベージョンの高い選手を出場させるべきだろう。そうやってオランダの猛攻を(最小限に)防いだら、最後のデンマーク戦にベストメンバーで挑むべきだ。

――このグループでは、やはりオランダの力が突出しているわけですが、ほかの3チームとの一番の違いは何でしょう?

 攻撃の枚数だ。カメルーンは、3枚プラスサイドバックが攻撃参加してクロスを入れてくる戦術。デンマークは2枚か3枚で攻撃して、ほかの選手は後ろをケアしている。ところがオランダの場合、これが8枚くらいになる。しかもハンドボールのようにボールを失わずに、厚みのある攻撃を仕掛けてくる。それが可能なのは、高い技術を持った選手がたくさんいるからだ。日本はオランダと同じような戦術を採ろうとしているが、攻撃に厚みを与えるような選手もいないし、そうした技術も持っていないので難しいと思う。

――いずれにせよ、まずは初戦のカメルーン戦ですね。彼らは日本戦にどう臨んでくると予想されますか?

 彼らにとっても難しい試合になるだろう。まず、日本は過去に何度もカメルーンに勝利していること。そして先のアフリカネーションズカップで、好成績を残せなかったこと(ベスト8)。この大会で(監督の)ルグエンは、何が問題だったかを見極めて、修正することができた。新しいチームとして、ゼロから本大会に臨むことになるわけだが、どこまで機能するかは未知数だ。日本にとってはアドバンテージになるかもしれない。

日本はダークホース。だからこそ悔いのないプレーを

「監督こそが今大会のキーマンと言える」と話すトルシエ氏 【宇都宮徹壱】

――とはいえ、W杯の本番でこれらのチームから勝ち点を奪うのは、やはり容易なことではありません。勝利のイメージというものが、なかなか明確に見えてこない

 今の代表の問題は、自分たちがボールを支配していることを前提にゲームを進めていることだ。ボールを支配していれば、試合に勝てるという哲学。だが、それはアジアレベルでは通用しても、世界の舞台では通用しない。私は、攻撃に参加する人数は3〜4枚でいいと思っている。前線に上がった人数に応じてカバーに入る。サイドバックが上がったら、ディフェンスラインがスライドする。そうしたバランスができていれば、守備は安定するし、攻撃にも有効になる。日本がしっかり守備ブロックを形成して、相手がなかなか点が入らない状況が続けば、やがて焦り出して前がかりになる。そうなれば日本にもチャンスの時間帯が生まれるだろう。

――やはり、しっかり守備をすることが前提になりますね

 たとえばカメルーンと試合をする場合、力関係は日本40に対してカメルーン60となる時間帯がほとんどだろう。時に50対50になったり、30対70になったりするかもしれない。いずれにせよ、それぞれの時間帯でうまく管理することが必要だ。相手がボールを持っている時間帯が長い場合、しっかりブロックする必要がある。相手は(身長が)190センチ近い、対人に強いFWをそろえているからだ。セットプレーのときも、対人でやられる可能性がある。したがって、日本は守る時間帯が長くなるわけだが、どこかでボールを奪わなければならない。日本が点を取るチャンスがあるとすれば、そのボールを奪ったときに、いかに素早く前線までボールを運ぶことができるかだ。

――その攻撃時で、人数をかける必要はないと

 そう、3枚で素早く点を取りに行くべきだ。もちろんボールを奪って余裕があれば、少しずつパスを回しながら、もう1枚が攻撃参加してもよいだろう。ただし、カウンターを浴びることを想定した守備の準備も必要だ。今の日本は、ボールを奪うと6人も7人も前に出ていくが、ボールを失ってカウンターを食らうというリスクもはらんでいる。だからこそ攻撃に出て、相手のエリアに侵入するときは数的優位を作る必要はない。前に出る数が多ければ多いほど、後方の人数は手薄になってしまう。それは危険だ。

――グループリーグ突破のキーマンを挙げるとすれば、誰になるでしょうか?

 特定のキーマンを挙げるよりも、チームで戦うべきだ。特定の個人に委ねられるような選手は、日本にはいないのが現状。だからまずは全員が同じ気持ちで試合に臨まなければならない。選手はそれぞれの役割を明確にして、さぼらずに自分のやるべきことを100パーセント成し遂げること。全員がそういう気持ちを持たないと、試合をうまく運ぶことはできないだろう。そして試合の局面でギャップを作れる選手、たとえば中村俊のようにキラーパスを出すことができるようなタイプの選手の力も必要になるだろう。さらに言えば、現代サッカーの中でゴールシーンの70パーセントはセットプレーによるものだから、そこでも中村俊のような素晴らしいキックの精度を持った選手が必要になる。もちろん、勢いのある本田の力も必要となるだろうし、センターバックの存在感も重要になる。だからチーム全員がキーマン。全員が自分の仕事をしないと、チームは機能しない。

――では最後に、日本代表と岡田監督にメッセージをお願いします

 コンプレックスを抱かずにプレーしてほしい。目的は優勝することではない。はっきり言って、このグループでのダークホースは日本だ。優勝候補でも、グループ突破有力でもない。だからこそ、悔いのないプレーをしてほしい。自分たちの価値観――テクニカル的な価値観、メンタル的な価値観を生かしてプレーしてほしい。そして岡田監督には、試合に勝つためには、必ずしも試合を支配する必要はない、ということを理解していただきたい。相手が強い場合や難しい場面では下がってもいいと思う。それは恥ずかしいことではない。そうした判断をする監督こそが、今大会のキーマンと言えるのかもしれない。

<了>

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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