オーストリアのメダリスト養成所!?=「シュタームス・スキー学校」の強さの秘密

小林幸帆

15歳前後の子どもにとってはとてもシビアな世界

散らかった部屋を見つけられ、慌てて片づけるクリストフ・ネックラー君(クロスカントリー)。彼もまたメダリスト予備軍だ 【小林幸帆】

 ここでは選抜試験が行われており、校長先生が「ジュニア大会の結果などで試験前に大体のことは分かっている」と言うように、各地域トップの生徒が受験する。例えば、5月10日に選抜試験が行われた「ジャンプコース」では受験者28名中、合格は10名だった。

 入試では、実技の他、各競技に必要な運動能力および身体能力の検査などがあり、それをクリアした生徒のみ入学となるものの、最初の2年間を見て、競技面で大変そうな生徒にはそれとなく退学(転校)を勧めることもあるという。15歳前後の子どもにとってはとてもシビアな世界だ。

 プール、体育館、ジム、陸上トラック、テニスコートだけでなく、ワックスルームやロッククライミング、練習移動のためのバスやバン数台も所有し、目の前にはジャンプ台2つと、申し分ない施設が揃っているが、学校の運営は言ってみれば半官半民で、国内からの生徒は年間4750ユーロ(約55万6000円)、国外からの生徒は7400ユーロ(約86万6000円)の学費を収める必要がある(国外にも門戸は開かれており、約15名が留学中)。
 オーストリアは公立校が殆どで、そこでは授業料も無料ということを考えれば高いように見えるが、これだけの施設、競技、学業、生活面で万全の体制を考えれば高くはないだろう。

金の卵たちのシュタームスでの生活

ジャンプのトレーニングではもはや定番(?)の綱渡りに挑戦しているのは1993年生まれトーマス・ラックナー君 【Alexander Stoeckl】

 狭き門を突破した後も厳しい日々が待ち受けるシュタームスに飛び込んだ金の卵たちは、どんな生活を送っているのだろうか。

 私が学校を訪れた4月中旬は、シーズン中に抜けた授業を挽回(ばんかい)すべく組まれた特別カリキュラムの真っ最中。すでに秋には練習の占めるウェートが高くなり、シーズンが始まれば、それぞれ転戦でほぼ休校状態となるため(その間はEラーニングを活用)、シーズン終了後は練習を減らし、土曜日までみっちり授業となる。トレーニングが1グループ5〜8人で行われるのに対し、授業の方は1クラス13〜15人といくぶん大所帯だ。

 彼らが暮らすのは4人1部屋の男子寮で、小さな部屋に2段ベット2つに勉強スペース、シャワーと、かなり質素だ。なかには、寮長さんに散らかった部屋を見つけられ、「なんだこれは!」と言われ、慌てて片づける生徒も。寮長さんが「ここが去年まで(グレゴア・)シュリーレンツァウアーがいた部屋だよ」と教えてくれたが、昨季19歳の若さにしてW杯総合優勝を果たし、全スキー競技選手中、最多の賞金となる約4720万円を稼いだ王者が、この小さな空間に押し込まれていたというギャップが何とも言えない。

夜や朝が早いのがシュタームス生

授業終了後にジムに集まった生徒たちに「せっかくの自由時間なのに練習?」と聞くと「うまくなりたいからね」との返事が返って来た 【小林幸帆】

 施設を案内してもらっている時、寮長さんの携帯電話に生徒から「インスブルックの病院に行くので帰りが遅くなります」と連絡が入った。
 門限のような締めつけはないものの、19時45分には寮にいるというのが原則で、それ以外の場合は届け出ることになっている。
 遊びたい盛りの年ごろでも20時前には寮に集合、21時30分までの勉強タイムが終わって22時には休息というのが基本的な日課だ。
 夜が早ければ朝も早いのがシュタームス生で、職住ならぬ学住近接のなか(男子寮は校舎内にある)、6時30分起床、朝食前に30分間の勉強タイム、7時50分には1時間目開始と、1日の始まりもハードそのもの。シーズン終了後は、午後練習も毎日ではなくなるが、ジムには授業を終えた生徒たちの姿があった。
「せっかくの自由時間なのに練習?」と声をかけると、「もっとうまくなりたいからね!」との答えが返って来た。

トップジャンパー候補生

ジュニア世界選手権では個人と団体で金を獲得。学校では優等生と、文武両道を行くミヒャエル・ハイベック君 【Alexander Stoeckl】

 校長先生いわく学校生活に関しては「ミニマリストばっかりだったね(笑)」という歴代ジャンプ生にあって、「彼は優等生」と太鼓判を押していたのが、ギムナジウム最終学年に在籍中のミヒャエル・ハイベック君(19)。
 1月のジュニア世界選手権(ドイツ)では個人と団体で優勝、コンチネンタルカップ個人総合2位と、オーストリアの次のトップジャンパー候補生でもある。
 同じくジャンプ選手の兄が在籍していたため、自然とシュタームスを目指したという彼は、今時の高校生には窮屈そのものに思える生活にも、「満足しているよ。自由な時間がないことにも慣れてしまうし、目標を持って集中していれば難しいことじゃない。すべて自分で時間管理をしなきゃいけないのは大変だけど」と、さすがは世界を目指す若者だ。
 この冬、学校に来たのは全部で10日くらいというが、目前に迫った最終試験も「何の心配もしていないよ」と、優等生らしく余裕の風を吹かせた。
 そんな彼のお手本はシュタームスの先輩であり、今季ジャンプ週間を制したアンドレアス・コフラーだという。

どこか違う高校生

バーベルと格闘中のフロリアン・シャベライター君。ジュニア世界選手権団体金メンバーの1人だ 【Alexander Stoeckl】

 校長先生自ら「世界で最も成功を収めているスキー学校」と自負するシュタームス。
「オーストリアがジャンプでトップに立ち続けられるのは?」との問いにも、「シュタームスがあるから」と即答だった。
 スカウト活動は一切せずとも、「みんなシュタームスに来る」という言葉からは、頭角を現し始めた子はシュタームスへという流れが出来ていることが分かる。
「われわれの仕事は選手を集めることではなく育て上げること」と言い、それが成功している秘けつとして、「長年蓄積されたノウハウ、長き良き伝統、多くの優れたコーチ、そして何よりも大学などとも連携した質の高いトレーニング」を挙げた。
 ジャンプを好例にトップ選手が同校出身者で占められていることは、才能ある子が集まり、かつシュタームスでの育成が卓越しているということに他ならないだろう。もちろん、それを可能とするのは、同国でのスキー競技のステータスの高さや人気があることも背景にはある。
 黄金時代を謳歌(おうか)しながらも、「これが10年続くとは思っていない。悪くなることもあるだろう。それを避けたいところだが」と危機感を持ち、育成に力を注いでいる。そして、14〜19歳でこうした環境の中を生き残って来た選手は当然、精神面も鍛え抜かれているだろう。味方同士で優勝争いというのが常となる中、オーストリア選手たちが力を出し切っていることも何ら不思議ではないのかもしれない。見知らぬアジア人である私が校内をウロついていても不審がるどころか、ほとんどの生徒が「ハロー」と声をかけてきた礼儀正しさに驚かされたと同時に、彼らはやはりどこか違う高校生なのだと思わずにはいられなかった。

<了>

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著者プロフィール

1975年生まれ。東京都出身。京都大学総合人間学部卒。在学中に留学先のドイツでハイティーン女子から火がついた「スキージャンプブーム」に遭遇。そこに乗っかり、現地観戦の楽しみとドイツ語を覚える。1年半の会社員生活を経て2004 年に再渡独し、まずはサッカーのちにジャンプの取材を始める。2010年に帰国後は、スキーの取材を続けながら通訳翻訳者として修業中。

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