松井秀がニューヨークに凱旋=万雷の拍手の中で手にしたチャンピオンリング

杉浦大介

ヤンキース戦前に行われたチャンピオンリング授与式で、観客の声援に応える松井秀 【Getty Images】

 それはまるでハリウッド映画のように――。ほとんど絵に描いたようなヒーローの帰還セレモニーだった。

 エンゼルスを迎え撃った今季のホーム開幕戦の試合前、名門・ヤンキースは総力を挙げての盛大な優勝リング贈呈式をフィールド上で開催。ヨギ・ベラ、ホワイティ・フォードといった伝説的OBが招かれた場で、昨季優勝に貢献した名優たちにチャンピオンリングが手渡されていった。
 そこで誰よりも目立ったのは、マリアーノ・リベラでもアレックス・ロドリゲスでも、そしてデレック・ジーターでもない。すでにヤンキース選手ではなくなったはずの、松井秀喜だったのだ。
「リングを獲るためにずっとヤンキースで7年間戦い続けたわけだから(贈呈式の間の)一瞬だけは喜びたい」

 試合前に用意された会見ではそう語っていた松井だが、一方で「ファンからどんな反応がかえってくるかは想像できない」とも発言。7年という短くない期間をこの街で過ごし、新陳代謝の早い地元民の気質を十分に理解した男ならではの慎重なコメントだった。

盛大なスタンディングオベーション

一二塁間に整列していた元同僚たちが松井のもとに一斉に駆け寄って、次々と熱い抱擁を交わした 【Getty Images】

 しかし普段はせっかちで移り気なニューヨーカーも、昨年11月のワールドシリーズで松井が見せた勇姿を忘れたはずがない。オフのエンゼルスへの移籍も、スター選手にありがちな金目当てのものではなかったことを誰もが理解していたはず。野球を良く知る満員のファンが、戻って来た松井にささげたのは、立ち会った誰もがしばらく忘れないほど盛大なスタンディングオベーションだった。

 万雷の拍手の中でリング(注/実は元同僚のおちゃめなイタズラで最初に渡された指輪は偽物だったことも後に判明)を受け取ると、さらにその後にとびきりのクライマックスが到来。一、二塁間に整列していた元同僚たちが松井の元に一斉に駆け寄って、次々と熱い抱擁を交わした。
 最後に最も心を通わせたジーターとしっかりと抱き合って、「松井帰還劇」はここでようやく完遂したのである。
「非常に感動した。おそらく一生忘れられない瞬間。幸せでした」

 まるで小粋なシナリオライターが筋書きを用意したかのようだったリング授与式を振り返り、後に松井はそう語った。エモーショナルなセレモニーを見た直後、記者席で目をぬぐっていた米国人記者は1人や2人ではなかった。去り際にこれほど大きな歓声を浴びせてもらえるプロアスリートなど、この街でもそれほど数多く誕生してきたわけではない。
 実績がないものにはそっけないニューヨーク。その一方で、能力があって結果を出す者には、この街の住人は立ち上がって拍手を送ることをいとわない。国籍も、人種も関係ない。力さえ認めれば仲間として認められ、尊敬も得られるのだ。

次の地点に進んだことの証し

 2003年に渡米以来、松井にとってもすべてが順風満帆だったわけではなかった。本塁打数は伸びず、批判にさらされた時期もあった。スターぞろいのヤンキースの中で、必ずしも最大級の脚光を浴びてきたわけではなかった。だがそれでも、この日の会見でジーターがささげた言葉は、ニューヨーカーの松井に対する印象を分かり易い形で表現していたと言って良い。
「松井は私にとって最もお気に入りのチームメートの1人。プロフェッショナルという言葉がぴったりで、毎日必ず準備を整えてスタジアムに来てくれた。何があろうと言い訳をするのを聞いたことはない。手首を故障して同僚たちに謝罪するような選手にはこれまで出会ったことがない。ホーム開幕戦の場に彼がいることは適切に思えるし、ファンからオベーションを受け取るに相応しいよ」

 主将ジーターが予言した通りの見事な雰囲気のなかで、フランチャイズ史に残るセレモニーは終焉(しゅうえん)――。これでついに、松井にとって「メジャー生活の第1章=ヤンキース時代」が真の意味で終わったとも言えるのかもしれない。
 リング授与式の余韻が冷めやらぬ中、すぐに開始された試合で、松井は5打数無安打。昨季まで辛苦をともにしたアンディ・ペティート、マリアーノ・リベラといったベテラン投手たちに完ぺきに抑え込まれた。
「最初は違和感があったが、打席に立ったら打ってやろうという気持ちになった」
 試合後にそう振り返ったが、明日以降はその違和感もさらに薄れるはず。

 終わりは始まりでしかなく、今後、ヤンキースと松井はそれぞれの道を歩んで行くことになる。これから先はエンゼルスの4番打者・松井として、苦しいスタートを切ったチームを押し上げなければならない。そしてもしも彼の第2章にヤンキースが絡むとすれば……それは秋のプレーオフで古巣と直接対戦することになったときだろう。
 そんな夢の対決が実現できるかどうかは、「up to you.(自分次第)」。ニューヨークを離れても、「すべては自分次第」。
 明日以降はオベーションの総量は減るかもしれない。殊勲打でも打てば、ブーイングにさらされるかもしれない。しかしそれは、また新しい戦いが始まったことの証し。松井がニューヨークという通過点を突破し、次の地点に進んだことの証しでもあるに違いないのだ。

<了>
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著者プロフィール

東京都生まれ。日本で大学卒業と同時に渡米し、ニューヨークでフリーライターに。現在はボクシング、MLB、NBA、NFLなどを題材に執筆活動中。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボール・マガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞・電子版』など、雑誌やホームページに寄稿している。2014年10月20日に「日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価」(KKベストセラーズ)を上梓。Twitterは(http://twitter.com/daisukesugiura)

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