球児たちに伝えたい“全力疾走”の大切さ=タジケンのセンバツリポート2010

田尻賢誉

アメリカでも厳しく判断される“全力疾走”

全力疾走をすることで出塁の可能性も増す。写真は内野安打で一塁に駆け込む北照高・木村 【写真は共同】

 今大会、残念だったことがある。
 それは、全力疾走を徹底するチームがほとんどなかったからだ。凡打と思った瞬間に、スピードを緩めてしまう。全員が外野の芝生まで駆け抜けた昨年の花巻東高のような、スタンドを味方につけてしまうチームはなかった。
 この事実は数字が物語る。選手たちには酷かもしれないが、ここでは、あえて今大会の一塁駆け抜けワーストタイムを掲載させてもらう。

【一塁駆け抜けワースト10】
(1)真栄平大輝(興南)  測定不能(一塁ベースまで到達せずベンチへ) 決勝
(1)真栄平大輝(興南)  測定不能(一塁ベースまで到達せずベンチへ) 準決勝
(1)平岩拓路(日大三)  測定不能(一塁ベースまで到達せずベンチへ) 準決勝
(1)磯村嘉孝(中京大中京)測定不能(一塁ベースまで到達せずベンチへ) 準々決勝
(5)稲垣湧弥(宮崎工)  5秒80 2回戦
(6)出射徹(開星)   5秒75 1回戦
(7)阿知羅拓馬(大垣日大)5秒55(送りバント) 準々決勝
(8)新見航希(宮崎工)  5秒25 1回戦
(9)磯村嘉孝(中京大中京)5秒20 1回戦
(10)高田直宏(大垣日大) 5秒16 準決勝

 なんと一塁ベースまで走らずベンチへ帰ってしまう選手が3人もいた。しかも、2人は決勝に進出した学校の中軸。真栄平にいたっては2度もだ。もっと残念だったのが、ワースト10に1人で2度入った磯村。2年生で出場していた昨夏の甲子園では、捕手の中でナンバーワンの素晴らしいカバーリングをしていた走る選手(※過去のコラム参照)だったが、優勝して最上級生になったためか全力プレーをしなくなってしまった。一塁まで走らなかった試合でも、0対5と敗色濃厚の9回には一塁にヘッドスライディングをしている(このときのタイムは4秒55)。本来はできる選手なのだが……。
「あのときは打てなくて自分に腹が立ってしまいました。態度に出しちゃいけないんですけど……」と平岩が反省していたように、走らない理由の多くは自分へのイラ立ちからだろう。だが、高校野球は失策も多い。全力で走っていれば、野手の焦りを誘発することもできる。現在ワシントン・ナショナルズのマイナーでプレーする駒大苫小牧高出身の鷲谷修也はこんなことを言っていた。
「ナショナルズはマイナーもメジャーも全力疾走をしなければ試合に出られません。振り逃げの際に全力で走らないで代えられた選手もいました」
 全力疾走を怠らないことが試合に出場する条件なのだ。

 そして、もうひとつ忘れてはいけないのは部員を代表して試合に出場していること。スタンドにはベンチに入れなかった部員がいる。ベンチにも、試合に出られない選手がいる。投手ながら、暑さの厳しい夏の大会でも決して全力疾走を怠らなかった花巻東高の菊池雄星(現・埼玉西武)はこう言っていた。
「100人部員がいる中で、18人しかベンチに入れません。全力疾走すらできない、(グラウンドで)声を出すことすらできない選手がたくさんいます。そう考えると、できる権利があるのに放棄する選手は納得がいかない。走ることすらできない選手に申し訳ないです」
 スタンドで応援する部員たちが、権利を放棄する選手を見たらどう思うだろうか。レギュラーとして打たなければならないプレッシャーがあるのは重々承知。だが、打率3割で一流と、打てない確率の方が高いのが野球なのだ。悔しいのは分かるが、「誰でもできることをパーフェクトにやる」のが試合に出ている選手の責任。全力で走るという姿勢が大事なのだ。

誰もができることをパーフェクトにやる意識を

 もちろん、しっかり全力疾走している選手たちもたくさんいる。やはりそういう選手を見ると気持ちがいいし、その選手の打席が楽しみになる。

【一塁駆け抜けベスト10】
(1)山口雄大(三重)   3秒85 2回戦
(1)小林亮治(日大三)  3秒85 決勝
(3)茂山永嗣(三重)   3秒97 2回戦
(4)根岸昴平(日大三)  3秒98 準々決勝
(4)石山和磨(宮崎工)  3秒98 2回戦
(4)山本隼司(向陽)   3秒98 2回戦
(4)大塚健太朗(花咲徳栄)3秒98 1回戦
(8)服部憲悟(立命館宇治)3秒99 1回戦
(8)益田久貴也(神港学園)3秒99 1回戦
(10)地主和真(三重)   4秒00 2回戦
(10)地主和真(三重)   4秒00 1回戦

 三重高は3人がランクイン。もともと俊足ぞろいのチームだが、これだけ全力で走る選手がいると、たとえ足が遅い選手でもリードを大きく取るだけで走りそうな雰囲気をつくることができる。やはり、徹底は武器だ。
 参考までに、打った瞬間に最も手を抜きたくなる投手ゴロでの一塁駆け抜けベスト5も掲載しておく。彼らは、たとえどんな内容でも全力で走る意識を持った選手だからだ。

【投手ゴロタイムベスト5】
(1)森田将健(大垣日大)4秒15 2回戦
(2)茂山永嗣(三重) 4秒15 1回戦
(3)安慶名舜(興南)4秒27 決勝
(4)石山和磨(宮崎工)4秒18 2回戦
(5)高山俊(日大三)4秒22 準決勝(ただし、ベースをまたぐ)

 右打者が甲子園で浜風とは逆のライトへ本塁打を放ち、投手は140キロを投げるのが当たり前の時代。確かに打つ、投げるなど技術は格段に上がっている。だが、高校野球本来の一生懸命な姿も失ってもらいたくない。今大会は送りバントの失敗も目立ったが、全力疾走を含めて地味にチームに貢献する気持ちが薄れているように映る。
 最近は選手勧誘にばかり力を入れ、能力が高い選手を特別扱いする指導者が増えているように感じる。そうではなく、能力が高い選手ほど厳しく接して、お手本となり、あこがれとなる選手になるよう導いてほしい。中心選手が行動で示せば、周りも変わるはず。全力疾走やカバーリングなど能力は関係なく、誰もができることをパーフェクトにやる意識を徹底させてもらいたい。
 夏の甲子園では、思わず知らず応援したくなるチーム、気づいたら引き込まれてしまうようなチームが1校でも多く見られることを期待しています。

<了>

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著者プロフィール

スポーツジャーナリスト。1975年12月31日、神戸市生まれ。学習院大卒業後、ラジオ局勤務を経てスポーツジャーナリストに。高校野球の徹底した現場取材に定評がある。『智弁和歌山・高嶋仁のセオリー』、『高校野球監督の名言』シリーズ(ベースボール・マガジン社刊)ほか著書多数。講演活動も行っている。「甲子園に近づくメルマガ」を好評配信中。

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