「若葉マーク」の日本代表、奮闘す=アジアカップ予選 イエメン代表 2−3 日本代表

宇都宮徹壱

平山のハットトリックで日本が劇的勝利!

平山は代表デビュー戦でハットトリックという快挙を成し遂げ、日本を勝利に導いた 【写真は共同】

「立ち上がりは、経験の少ない選手がちょっと怖がったところがあって、その間に失点してしまいました。それとともに、DF4枚とボランチ2枚、6枚が攻守にわたって下がりすぎていたというところがありました」(岡田監督)

 前半の反省を踏まえて指揮官は、中盤の底で存在感を発揮できなかった山村を下げ、乾をピッチに送り出した。これに併せて、全体の布陣にもアレンジを加える。センターバックの菊地と右サイドの槙野を入れ替え、ボランチを米本1人に任せ、2列目に3人(右から金崎、柏木、乾)を並べて4−1−3−2とした。「非常に(攻守の)バランスが悪かったので、まずは槙野と菊地のポジションを変えて、(柏木)陽介がどうしても中に入るのでサイドに張る選手として乾を投入しました」と岡田監督。結果として、このさい配は見事に的中することとなる。

 まず魅せたのが乾である。後半10分、右サイドを果敢に駆け上がると、そのまま低めのクロスを供給。いったんは相手DFに当たるが、こぼれたボールを平山がすかさずターンから左足でシュートを放ち、これが同点ゴールとなる。平山の2点目を演出した乾は、その後は活動の場を左サイドに変えて、たびたびチャンスを演出。一方、右サイドでは菊地が積極的に攻め上がり、右に回った金崎とのパス交換や追い抜くような動きを見せて、攻撃のバリエーションを広げていった。

 とはいえ、最も目覚しい働きを見せていたのは、やはり平山であった。前線で果敢に飛び込むだけでなく、サイドに流れて味方にスペースを作ったり、あるいは相手にボールが渡ると執ようにプレスをかけたりと、1つ1つのプレーが実に献身的で、なおかつ尋常ではないひたむきさが感じられる。こんなにすごみが感じられる平山を見るのは、果たしていつ以来のことであろうか。すでにイエメンの選手がスタミナ切れを起こしているだけに、平山のハットトリックは時間の問題のように思われた。

 そして後半34分、ついにその瞬間が訪れる。左サイドからの渡邉のクロスに、またしても平山の左足が鋭く振られ、三度(みたび)ネットが揺れる。日本、逆転! 平山は勝ち越しゴールを挙げると同時に、ついにハットトリックの偉業を達成してしまった。代表デビュー戦で3ゴールというのは、何と戦後初の快挙なのだそうだ。まさにこの日は「平山祭り」。今さらながらに、この椿事(ちんじ)が日本で放映されないことが、口惜しく感じられて仕方がない。日本はその後、数人の選手が足をつりかけたものの、イエメンの最後の猛攻を食い止めて、1点リードのままタイムアップ。敵地で貴重な勝ち点3をもぎ取るとともに、アジアカップ最終予選突破を確定させた。

イエメン戦は「未来に向けた投資」である

それほど遠くない将来、われわれサッカーファンは、このサヌアでの逆転劇を思い出すことだろう 【宇都宮徹壱】

「3点取ったことは、ものすごく評価すべきこと。それが即、フル代表に入って来れるかということはまた別ですが、十分可能性を感じるプレーをしてくれたと思います」

 試合後の会見で平山の評価について問われた岡田監督は、このように述べている。この日、あえてスタメンから外したことからも(さらに言えば、山田の負傷退場でスクランブル的に出場させたことからも)、監督の平山への期待は当初、それほど大きくなかったことがうかがわれる。いずれにせよ、決してベタ褒めせずに「フル代表に入って来れるかということはまた別」とくぎを刺すことも忘れないのが、いかにもこの人らしい。当の平山も、代表への執着について問われると「全然ない。今年は自分がやることをしっかりやるだけ」と、この日の活躍どこ吹く風といった様子。これまた、この人らしい反応である。

 今回のイエメン戦のメーンテーマは、「若葉マーク」の日本代表がどこまで戦えるか、であった。しかしその延長上には、ここからどれだけの選手がワールドカップ(W杯)メンバーの23名枠にたどり着けるか、という隠れたテーマがあった。その意味で、平山は大いにアピールしたことになるが、あと何名の選手が25日から始まる指宿(鹿児島)での代表合宿に招集されるかは、何とも判断し難い。昨年の今ごろ(すなわちホームでのイエメン戦で)代表デビューを果たした金崎と乾が、その後メンバーに定着しなかったことからも分かるように、ここから南アフリカへのメンバー23名に滑り込むのは至難の業である。それは「意識のレベル、プレーという部分でフル代表とかなり差があることは感じていている」という岡田監督の発言からも明らかであろう。

 むしろ私は、今回のイエメン戦を「未来に向けた投資」であると考える。ここで言う「未来」とは、もちろん「2010年以後」という意味だ。平均年齢20・9歳という今回の招集メンバーには、間違いなく2014年W杯を目指す代表の中核を担う選手が含まれている。すでに彼らは、各年代での代表経験は豊富だろうが、やはりフル代表となると背負っているものはおのずと違ってくる。いみじくも主将を務めた槙野は「(キャプテンマークは)所属チームで巻くより緊張感があった」と語っていたが、ほかのメンバーも同様の緊張感と高揚感を持って、試合に臨んでいたはずだ。

 重ねて言おう。今回のメンバーから南アのメンバー23名枠に加わる選手は、せいぜい1人か、多くて2人であろう。それでも長い目で見れば、この「未来に向けた投資」はきっと「南ア以後」に大きな意味を持ってくるものと、私は密かに確信している。
 それほど遠くない将来、私たちは、敵地サヌアで目の覚めるような逆転劇を演じた「若葉マーク」の日本代表を思い起こし、あの日から新たな物語が始まっていたことを強く実感するのではないか――。いずれにせよ、本当に貴重なものを拝ませてもらった。テレビ中継が見られなかった皆さんには、何とも申し訳ない限りだが。

<了>

2/2ページ

著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント