バルサに打ちのめされた夜=宇都宮徹壱のアブダビ日記2009

宇都宮徹壱

ブスケツ、メッシ、ペドロのゴールでバルサが圧勝

途中出場のメッシはファーストプレーでゴールをマーク。バルセロナは圧倒的な強さを見せつけた 【Photo:ロイター/アフロ】

 先制したのは、何とアトランテだった。前半5分、自陣からGKビラールが蹴ったフィードボールが、そのままバルセロナの最終ラインまで到達して大きくバウンド。これをマルケスとダニエウ・アウベスが対処を誤り、さらに伸びたボールをアトランテFWロハスの左足がとらえてゴールを決める。試合の波に乗り切れていなかったのか、それともただ単に油断していたのか、欧州王者は思わぬ形でビハインドを負うこととなった。

 それでも、さすがにバルサは慌てず騒がず、小気味よくパスをつなぎながらゲームを落ち着かせると、次第に攻勢の度合いを強めていく。25分にはイニエスタが巧みな切り替えしから左足でミドルシュート。33分にはイブラヒモビッチがFKから直接狙う。ポゼッションとシュート数で圧倒するバルセロナが、ようやく同点に追いついたのは35分。右CKからシャビが上げたボールにトゥーレが頭で合わせ、さらにブスケツが右足ダイレクトでゴールにたたき込む。前半はこのまま1−1で終了した。

 後半もバルセロナが試合の主導権を握る。後半8分、ベンチはメッシとピケを投入。9日のチャンピオンズリーグで負傷し、コンディションが不安視されたメッシだったが、ピッチに送り込まれてわずか2分後に結果を出してしまう。イニエスタからのパスを受けたイブラヒモビッチが、絶妙のタイミングと角度でゴール前に走り込むメッシにパス。受けたメッシは、GKビラールを瞬時に抜き去ってゴールに流し込む。バルサ、逆転! メッシはファーストシュートが、クラブW杯での初ゴールとなった。
 バルセロナはさらに後半22分にも、イニエスタがドリブルでペナルティーエリアまで持ち込み、相手DFを十分に引きつけてからペドロのゴールをおぜん立てして3点目を挙げる。この時点で、ゲームの行方はほぼ決まった。

 瞬く間に試合をひっくり返されたアトランテは、北中米カリブ王者としての意地を見せるべく、その後も懸命の反撃を試みる。特に先制点を挙げたロハスは、たびたび左サイドからのドリブル突破でチャンスを作ろうとするが、およそ個人能力だけで打開できる相手ではない。その後も試合を支配し続けたバルセロナは、イニエスタを早々にベンチに下げ、登録メンバー最年少のボージャンに経験を積ませる余裕を見せる。19歳のボージャンは、少なくとも2度の決定機を逃したものの、このゲーム展開であればご愛嬌(あいきょう)。そのままバルセロナが2点のリードを守り切り、ファイナルスコア3−1で危なげなく決勝進出を決めた。

クラブW杯そのものを否定しかねない(?)バルサの強さ

試合後のアトランテ・サポーター。彼もまた、バルセロナの強さに打ちのめされたひとりだ 【宇都宮徹壱】

 終わってみれば、バルセロナの圧勝。というよりも、もはや異次元レベルでの強さであった。右サイドを駆け上がるダニエウ・アウベスの驚異的なスピードとクロス。イブラヒモビッチのしなやかでアクロバティックなキック。イニエスタの切れ味鋭いドリブルと急所を突くようなパス。そして、存在そのものが奇跡のように思えてしまうメッシの珠玉のプレーの数々。いったい自分は、これまで何を見てきたのだろう――思わずそんな思いにかられてしまうほど、私はバルサに打ちのめされていた。

 ヨーロッパ王者が準決勝で圧倒的な強さを見せたのは、もちろん今回が初めてではない。過去の大会を振り返ってみれば、05年にリバプールがサプリサに3−0で、翌06年にはバルセロナがクラブアメリカに4−0で、それぞれ圧倒的な勝利を収めている。ただし、05年のリバプールも06年のバルサも、いずれも準決勝で北中米カリブのチャンピオンに力の差を見せつけながら、決勝では南米チャンピオンに屈しているのである。その意味で、ヨーロッパは決して無敵というわけではなかった。だが09年のバルサは、過去4大会のどのヨーロッパ王者と比較しても、個々のタレントが充実しており、チームとしての完成度が高く、クラブのフィロソフィー(哲学)も明確である。と同時に、他の大陸王者との力の差もまた、あまりにも大きすぎるように思えてならない。

 帰りのシャトルバスで、私の胸の中を去来していたのは、バルサの素晴らしい試合を見た充足感よりも、むしろヨーロッパと他の大陸の間に歴然と横たわる、どうしようもない乖離(かいり)への絶望感であった。どんなにアジアやアフリカやオセアニアが切磋琢磨(せっさたくま)したところで、新大陸のサッカーは常にその上位に位置し、そしてヨーロッパはそこからさらなる天上できら星のごとく光り輝いている。このクラブW杯という大会は、一応は「そのほかの大陸」のチャレンジの場として機能はしているものの、その盤石なヒエラルキーが崩れることは、自分が生きているうちにあり得ないようにさえ思えてしまう。

 バルサのサッカーは、確かに今大会の最高のコンテンツである。だがそれは一方で、クラブW杯という大会の存在意義を脅かしかねない「劇薬」でもあるように思える。実際、ほとんどのジャーナリストは、バルサが登場する準決勝になってようやくアブダビに来ているではないか。逆に1回戦から大会を取材して、自分ひとりしか乗車していないシャトルバスに揺られていると、あらためてクラブW杯の存在意義に危機感を抱かずにはいられない。「やっぱり南米対欧州の一発勝負でいいんじゃない?」という、身も蓋もない意見に対して、今のクラブW杯にどれだけの弁明の余地があるというのだろう。
 いずれにせよ、この日バルサが見せたサッカーは、クラブW杯というフォーマットそのものを否定しかねないほどに強く、そして美しかった。

<翌日に続く>

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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