必然だった浦項の自滅=宇都宮徹壱のアブダビ日記2009

宇都宮徹壱

見失われた「浦項対エストゥディアンテス」

前日会見に臨んだベロン。翌日の試合以外の質問に、やや困惑気味の表情を浮かべる 【宇都宮徹壱】

 アブダビ滞在8日目。FIFAクラブワールドカップ(W杯)2009は、15日から準決勝に突入した。この日のカードは、アジア王者の浦項スティーラーズと、南米王者エストゥディアンテスの対戦。すっかりおなじみとなったムハンマド・ビン・ザイード・スタジアムでの試合は、今大会はこれが最後となる。

 この試合について語る前に、その前日に行われたエストゥディアンテスの会見について触れておきたい。この会見では、サベージャ監督とキャプテンのベロンが出席。狭い会見場は、これまでにない人数の記者が詰め掛け、息苦しく感じられたくらいである。私が興味深く感じたのは、サベージャ監督やベロンの発言よりも、むしろ彼らに投げ掛けられた質問の方だった。そこから、この大会におけるエストゥディアンテスの位置付けというものが、明確に浮かび上がってくるように思えたからである。

 南米とヨーロッパの記者からは「バルセロナと並んで優勝候補と目されているが」とか「(バルセロナの)メッシについてどう思っているか」など、すでに決勝進出を前提とした質問が多く聞かれた。つまり準決勝で対戦する浦項のことは、ほとんど眼中にないという雰囲気なのである。もちろんベロンは「ファイナルに行きたいという思いは彼ら(浦項)も同じ。(明日の試合で)何が起こるかは分からない」と模範的な解答としていた。すると今度は、韓国人の記者が手を挙げる。質問の内容は「韓国とアルゼンチンは、来年のW杯で同じグループに入っている。韓国のサッカーについて、あなた(ベロン)はどう思っているか」というものであった。

 確かに浦項には、DFのキム・ヒョンイル、MFのチェ・ヒョジンとキム・ジェソン、そしてFWのノ・ビョンジュンと、何人かの韓国代表選手が所属している。だが、ここで来年のW杯に関する質問が出てくるとは思わなかった。さすがのベロンも、少し困った表情を浮かべている。多くのメディアは、エストゥディアンテスを「バルセロナの決勝の相手」と見ており、そして韓国メディアは「ウリナラ(わが国)がW杯で対戦する国のクラブ」と見ている。そのこと自体を否定するつもりはない。ただ「浦項対エストゥディアンテス」という視点で会見に臨んだ記者が、果たしてどれくらいいたのか、いささか気になるところだ。何やら大会そのものの関心の低さを、あらためて見せつけられたような気分になってしまった。

バックスタンドを占拠したエストゥディアンテスのサポーター

試合が待ちきれない! 大挙してアブダビにやって来たエストゥディアンテスのサポーター 【宇都宮徹壱】

 あらためて、この日の両チームのプロフィールを確認しておこう。
 アジアチャンピオンの浦項は、準々決勝でアフリカ王者のマゼンベに2−1の逆転勝利を収めて、アジア勢としては3大会連続のベスト4進出を果たした。右のノ・ビョンジュン、左のキム・ミョンジュンと、ウイングタイプの選手を前線にそろえ、積極的に両サイドからえぐってくる。だが、チームで最も頼れる存在なのは、10番を背負うデニウソン。マゼンベ戦での2ゴールは、いずれもこのブラジル人ストライカーによるものだ。自身も「南米のライバルであるアルゼンチンのクラブと試合ができてうれしい」と密やかな闘志を燃やす。この試合の一番のキーマンであることは間違いない。

 対する南米王者のエストゥディアンテスは、早々にアブダビ入りして、浦項とマゼンベとの準々決勝をスタンドから見守っている。目指すは決勝進出と、打倒ヨーロッパ勢。その先には、2年前のボカ・ジュニアーズが果たせなかった、アルゼンチンクラブとして初の栄冠を勝ち取るという究極の目標がある。そんなエストゥディアンテスも、名門ボカに比べると何とも地味な印象がぬぐえない。首都ブエノスアイレスではなく、近郊のラプラタを本拠とし、国内リーグ優勝はわずかに4回。ただし南米チャンピオンを決めるリベルタドーレスカップも4回優勝しているのは立派である。今回の優勝までの道のりは長く、予選から16試合の長丁場を経て39年ぶりに王座に返り咲いた。その39年前のチームに、ベロンの父親であるファン・ラモン・ベロンが中心選手として活躍していたのは、あまりにも有名な話である。

 さて、このエストゥディアンテスについて特筆すべきなのは、そのサポーターの数である。赤と白のレプリカユニホームを身にまとったサポーターたちは、三々五々スタジアムに集結し、試合開始直前にはバックスタンドの半分以上を占めるまでに膨れ上がっていた。思い思いにクラブの旗を振り、横断幕を掲げ、激しく体を揺さぶりながらチャント(応援歌)を歌っている。すでに大会が開幕して1週間が経過したが、ようやく本当の意味でクラブW杯が開幕したような感じだ。アルゼンチンといえば、サポーターが大挙してアウエーの会場にもやってくるイメージがあるが、まさかこれほどの数の人々がアブダビまで遠征に来るとは想像していなかった。まさにうれしい誤算である。

 逆に、浦項のサポーターの姿が見られなかったのは、何とも寂しい限りだ。確かに何人かの韓国人の姿は見かけたものの、彼らは韓国国旗を振りかざすばかりで、およそ浦項のサポーターとは言い難い存在である。昔と比べれば、Kリーグにもサポーター文化が根付きつつあるようだが、クラブよりも国家(=代表)の方が前景化してしまう傾向は、実はあまり変わっていない。余談ながら、スタンドでの彼らの声援は「浦項!」でも「スティーラーズ!」でもなく「テーハミングッ(大韓民国)!」であった。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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