必然だった浦項の自滅=宇都宮徹壱のアブダビ日記2009

宇都宮徹壱

2人目の退場から一気に自滅した浦項

浦項は退場者を3人出して自滅。途中出場の岡山(中央)はスイーパーでプレーした 【Photo:ロイター/アフロ】

 エストゥディアンテス・サポーターが陣取るスタンドから、Jリーグでおなじみのさまざまなチャントが流れる中、キックオフ。前半6分、いきなり南米王者が魅せる。右サイドからブラーニャがロングシュートを放ち、浦項GKシン・ファヨンがキャッチし損ねたボールをボセッリがオーバーヘッド。弾道は左ポストをたたき、畳み掛けるようにベニテスがシュートを放つも、ボールはバーを越える。対する浦項も、時折、相手陣内でパスを回すが、やはりプレーの精度はエストゥディアンテスに遠く及ばない。すぐにほころびを見せて、劣勢に立たされてしまう。前半はそんな展開の繰り返しであった。

 ピッチ上で最も輝きを見せていたのは、何といってもエストゥディアンテスのベロンである。特に縦方向のパスの精度は「ビシッ」という擬音が聞こえてきそうなくらいに見事だ。今年で34歳になるはずだが、プレーにますます円熟味が感じらて、20代のころよりも確実にうまくなっている。アルゼンチン代表に復帰したのも大いにうなずける。
 エストゥディアンテスの先制点は、思わぬ時間帯に生まれた。前半ロスタイムのFKのチャンスで、ベニテスの左足が一閃(いっせん)。山なりで壁を越えたボールにボセッリが頭で飛び込むも、いわゆる「エアヘッド」状態となり、そのままゴールインとなる。前半はエストゥディアンテスの1点リードで終了。だが、浦項にも十分に反撃のチャンスはあるように思われた――少なくとも、この時点では。

 後半8分、エストゥディアンテスに追加点が生まれる。それまでの「ビシッ」から一転「ふわり」としたボールが、ベロンの魔法の右足から放たれ、味方とGKが競り合ってこぼれたボールを、再びベニテスが左足で押し込む。その3分後、浦項に追い打ちをかけるように、キャプテンのファン・ジェウォンが2度目の警告で退場。ベンチは岡山一成をスイーパーのポジションで起用し、3バックでこの難局を乗り切ろうとする。後半26分には、限りなくオフサイドくさいポジションから、デニウソンがゴールを決めて1点を返す。だが、競技としてのフットボールが辛うじて成立したのは、ここまでだった。

 そのわずか1分後、今度はキム・ジェソンが2枚目のイエローで退場。さらに5分後にはGKのシン・ファヨンが、ペナルティーエリアを飛び出して相手選手に飛び蹴りを食らわせて一発退場となる。わずか21分で3人が退場という、およそ信じ難い展開。浦項はすでに交代枠3枚を使い果たしていたので、とうとうデニウソンがGKグローブをはめる事態に陥ってしまう。DFが3人、MFが3人、FWが1人という布陣では、およそゲームになるはずもない。最後はエストゥディアンテスが余裕のパス回しでゲームを殺し、追いすがる浦項を難なく振り切って決勝進出を決めた。ファイナルスコアは2−1。点差以上に、両者の実力差が浮き彫りとなったゲームであった。

アジア王者の意地と誇りを取り戻すために

勝利を確信するエストゥディアンテスのサポーター。ようやくクラブW杯も活気を呈してきた 【宇都宮徹壱】

 試合後の会見で浦項のファリアス監督は「主審のジャッジに一貫性がなかった」として、レフェリングに大いに不満の意を表していた。これに対してエストゥディアンテスのサベージャ監督は、主審にいくつかのミスがあったとしながらも「(退場を3人出したことも含めて)主審のジャッジを尊重する」と語っている。ちなみにこの日の主審は、イタリア人のロベルト・ロセッティ氏。2006年から3年連続で国内の最優秀審判賞を受賞しており、昨年はユーロ(欧州選手権)2008の決勝でも笛を吹いている。少なくとも実績に関しては申し分ない。この試合に関しては、確かにカードを乱発気味な印象もあった。だが、それ以上に浦項のファウルには危険なものが多く、ロセッティ主審が発した警告に対して、あまりにも彼らが無頓着すぎたのが致命的だったと言えよう。

 試合後に配布されたスタッツの中に、興味深い数字を見つけた。浦項のファウル数は25、エストゥディアンテスは21。両者のファウル数は、実はそれほど違いはない。にもかかわらず、前者は8枚のイエローカードと3枚のレッドカード(うち2枚は累積)が与えられ、後者はベロンがもらったイエロー1枚のみ。この差はいったい何なのか。
 時系列で見ると、浦項は開始早々の5分、12分、20分と、立て続けにカードをもらっている。ベロンにカードが提示されたのが22分。おそらく、この時点でエストゥディアンテスの選手たちは、この試合におけるカードの基準というものを鋭敏に察知して、それぞれのプレーの中で反映させていったのだろう。それに対して浦項は、何枚カードをもらっても学習することなく、技術で相手を止められずに悪質なファウルを繰り返し、結果として自分たちの首をしめて自滅することとなった。まさに自業自得である。

 それにしてもこの試合は、記者席で見ていて非常に肩身の狭い思いをした。何しろアジアの代表が、FIFA(国際サッカー連盟)主催の大会、しかもセミファイナルで「3人退場」という珍事を起こしてくれたのだから。いや、本当は4人退場でもおかしくなかった。終了間際のキム・ミョンジュンのファウルは、一発退場でもおかしくないくらい危険なものだったからだ。主審の「温情イエロー」が出たときには、隣に座っていた外国人記者が「おい、何であれがイエローなんだ!」と私に食ってかかってきた。その瞬間、何だかアジアを代表して「すみませんでした」と謝りたくなる衝動にかられてしまった。

 こんな惨めな思いをしないためにも、来年のクラブW杯は、世界に堂々渡り合えるアジアチャンピオンを送り出さねばなるまい。その意味で、やはりJクラブがACL(アジアチャンピオンズリーグ)を制するのが一番であろう。過去2大会、欧州王者を相手に一歩もひかぬ戦いを見せて、世界に知らしめたアジア王者としての意地と誇り。それをここアブダビの地で、アジアの頂点に立ったJクラブが自らの手で取り戻すのである。
 そのために、Jリーグができることはただひとつ。ACLの出場クラブが心置きなくアジアで戦えるために、ベストメンバー規定を撤廃することである。クラブレベルでのアジアの地位向上のためにも、各クラブの努力は当然として、ここはJリーグにも英断を強く求めたい。

<翌日に続く>

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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