松井秀、エンゼルス入り決断の理由=かみ合わなかったヤンキースとの思惑

畑中久司

缶コーヒーのCMが現実に

ワールドシリーズを制し、ジーターと抱き合う松井秀。来季は敵味方に分かれて戦うことに 【Getty Images】

 読売巨人軍の関係者・K氏と一席を設ける機会に恵まれた。松井秀喜をよく知るK氏と筆者はオフになると毎年のように会って野球談義に花を咲かせる。気がつけば話題は松井になり、それが酒の肴(さかな)になる。いつものことだ。

 松井が日本で出演している某缶コーヒーCMの話になった。
 「初めて見たとき笑ったよ。アイツにあのヘルメットの色のイメージはないからなあ」
 とK氏。そこで筆者も一言。
 「でも、アレ、なんだか示唆に富んでませんか? だって……」

 そんな笑い話が、ほんの1週間ほどで笑い話にならなくなるとは思いもしなかった。

 米国時間12月14日。松井の来季の所属球団が決まったというニュースは、またたく間に全米を駆け巡り、太平洋を渡って日本にも伝わった。
 その球団とはロサンゼルス・エンゼルス。チームカラーは赤。
 もちろん、ヘルメットの色も赤――。
「一番必要とされるところでやる」

 シーズン中から松井が言い続けてきた言葉だ。

 どのチームの方針がもっとも自分の思惑と合致するのか。それは当然だとしても、ただ来年のことだけを考えているわけではない。あと何年かメジャーリーガーとしてプレーしていく上で、どのチームが一番自分の価値を高めてくれるのか。中長期的な視野でみた場合にも、ヤンキースはその願いをかなえてくれるチームではなかった。

 一方で、ヤンキースの方針も一貫していた。シーズン中、どんな結果を残しても残留はないと報じられた。ワールドシリーズでMVPを獲得し、確かに残留の機運は高まりはした。それでも、シーズン後のヤンキース・キャッシュマンGMのスタンスははっきりしていた。ヤンキースから松井と同様にFAとなった選手の中での優先順位は、ペティット、デーモンに次ぐ3番目だった。

 選手に中長期的な視野があれば、球団にも中長期的な戦略はある。昨今のトレンドにならい、指名打者の枠はローテーションで回していくという大前提があった。その中で徐々に若返りを図っていこうという意図もある。ヤンキースにとって、松井はその願いをかなえてくれるプレーヤーではなかった。今後の交渉で仮にデーモンを逃したとしても、それはマネーゲームの一部と割り切れる土壌がメジャーにはある。早い段階から松井=移籍という終着駅へ向けてのレールは敷かれていたように思う。

エンゼルスでは守備機会も

 とはいえ……。

 年内決着は日米の野球関係者を大いに驚かせるものだった。
 まさに「速攻」といっていい。

 ヤンキースは松井サイドに対し、どこかの段階でオファーを出すつもりではいた。しかし、その条件は目が飛び出るほど低くなるのは間違いなかった。この思惑を早い段階で代理人のアーン・テレム氏は察知していたのではないか。GMミーティングやウィンターミーティングを通じ、「松井の相場」という情報を収集していたはずだ。
 確かにヤンキース残留が基本線だとしても、固執すればデメリットの方が大きい。買いたたかれるのは分かっているし、先にオファーを出したチームを待たせることにもなる。しびれを切らして別の選手に手を伸ばされれば、条件を含めて状況は悪くなっていく。
 手を打つならいま――。そのタイミングが12月14日だったとみる。

 松井がこだわっていた守備機会も、エンゼルスは約束してくれるようだ。
 中長期的な視野、という意味でも非常に大きな意味を持っている。
 決して左翼のレギュラーとして迎え入れられるわけではない。来季、守備に就くのは多くてもシーズン20試合程度と思われる。ただ、グラウンドに立って守れる、その姿を見せることが今後につながっていく。簡単にいえば、2011年シーズンは、選択肢がアメリカンリーグ限定の14球団からメジャー全30球団に増える可能性を秘めている。だからこそ、1年650万ドル(約5億7000万円)という“半減”でも受け入れる価値があった。
 もともとエンゼルスのソーシア監督が目指すのは、ただ単に投げて打つだけではない緻密(ちみつ)で頭脳的な野球だが、ワールドシリーズを制覇した02年に比べれば、ソーシア野球を実践できる選手が減ってしまった感がある。以前からソーシア監督は松井を高く評価していた。ひとつひとつのプレーにしっかりとした根拠があるからだ。松井の加入は数字以上のものをもたらすとすれば、双方が双方の願いをかなえられる存在となる。

 阪神入りした城島が着たタテジマのユニホームを見て、イチローは「似合っていなかった」と言って笑った。時間がたち、そのチームの色に染まれば、似合わなかったはずのユニホーム姿しかイメージできなくなる。それを理解した上でのイチローの発言だった。

 ビデオや写真でピンストライプ姿の松井を見て「こんな時代もあったな」と思うようになるのだろう。酒の肴としての賞味期限も、当分先まで残っていてもらわないと困るのである。

<了>
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