“順当”なMVPと“波乱”のサイ・ヤング賞=2009年MLB賞レースを振り返る

菊田康彦
 イチローの9年連続200安打や松井秀喜のワールドシリーズMVPなど、数々の話題に彩られた2009年のメジャーリーグ。そのフィナーレを飾る賞レースも、アメリカン、ナショナル両リーグのMVP発表をもって大団円を迎えた。各賞の中でも最高の栄誉である両リーグMVP、そしてサイ・ヤング賞受賞者の顔ぶれを、改めて振り返ってみることにしよう。

「文句なし」のプホルスとマウアー

3度目のMVPに輝いたカージナルスのプホルス 【Getty Images】

 メジャーリーグのMVPには、日本ほど「優勝チームからの選出」というこだわりは感じられないが、今年は両リーグともに地区優勝チームからの選出となった。ナ・リーグがカージナルスのアルバート・プホルス一塁手、ア・リーグはツインズのジョー・マウアー捕手。プホルスは投票資格を持つ32人の記者全員から1位票を獲得し、マウアーも28人中27人の1位票を得るという文句なしの受賞。今年の2人の活躍は、それほどまでに抜きん出ていた。

 受賞に際し「チームメイトの助けなしには獲れなかった」と口にした29歳のプホルスだが、今季は9年連続の打率3割・30本塁打・100打点に加え、初の本塁打王を獲得。これで3度目のMVP受賞は、通算7度のバリー・ボンズ(元ジャイアンツなど)に次ぐ歴代2位タイの記録となる。過去にはジョー・ディマジオ(元ヤンキース)、スタン・ミュージアル(元カージナルス)、アレックス・ロドリゲス(ヤンキース)ら8名が3度MVPを受賞しているが、30歳前にこれを成し遂げたのは「ザ・マン」ことミュージアルしかいなかった。

 ボンズはプホルスと同じく、29歳の時に3度目のMVPに輝いているものの、4度目の受賞は37歳になってから。プホルスが今後もこれまでと同様の活躍を続けていけば、記録更新は決して夢ではないだろう。MVPだけではない。ボンズの持つ通算762本塁打のメジャー記録にしても、ボンズが29歳となった1993年シーズンまでに222本塁打を放っていたのに対し、プホルスは今季終了時点で通算366本塁打。こちらも十分に更新は可能と言える。打撃三部門で常にハイレベルな数字を残していることを考えれば、67年のカール・ヤストレムスキー(当時レッドソックス)以来の三冠王も期待せずにはいられない。メジャーリーグのファンにとって、プホルスはどこまでも夢を抱かせてくれる希望の星なのだ。

3度目の首位打者を獲得したマウアー(ツインズ)がア・リーグのMVP 【Getty Images】

 メジャー6年目で初めてMVPを受賞したマウアーも、26歳にして既に「伝説」の域に足を踏み入れつつある。今季はオフに受けた腎臓手術の影響で開幕から1カ月近く出遅れながら、捕手としては新記録となる打率3割6分5厘で3度目の首位打者を獲得。捕手の首位打者は過去に26年のバブルス・ハーグレイブ(当時レッズ)と38、42年のアーニー・ロンバルディ(当時レッズ、ブレーブス)しかおらず、3度獲得はマウアーが初めて。捕手のMVP受賞も99年のイバン・ロドリゲス(当時レンジャーズ、現在FA)以来、史上10人目のことだった。

「本命不在」のサイ・ヤング賞レース

 MVPとは対照的に「本命不在」と見られていた両リーグのサイ・ヤング賞争いを制したのは、ア・リーグがロイヤルズのザック・グリンキー、ナ・リーグはジャイアンツのティム・リンスカム。
 今季16勝8敗、防御率2.16の成績で最優秀防御率のタイトルを手にしたグリンキーは、混戦が予想される中、28人中25人の1位票というダントツの支持を得て初のサイ・ヤング賞を獲得。ストライキでシーズン短縮の年を除けば、歴代のア・リーグ先発投手の受賞者では最も少ない勝ち星ながら、33試合の先発で1失点以下に抑えたのが18試合という圧倒的な内容が評価されたのだろう。19勝で最多勝を分け合ったフェリックス・ヘルナンデス(マリナーズ)、ジャスティン・バーランダー(タイガース)、CC・サバシア(ヤンキース)を抑えての意外なほどの圧勝は、より「中身」を重視する最近の傾向に後押しされたものと言える。

 一方、ナ・リーグは史上稀に見る大激戦となった。15勝7敗、防御率2.48の成績で2年連続の栄冠を手にしたリンスカムと、17勝4敗、防御率2.24の成績で次点だったクリス・カーペンター(カージナルス)の差は、わずか6ポイント。19勝8敗、防御率2.63のアダム・ウェインライト(カージナルス)は32人中12人の1位票を獲得し、リンスカムの1位票(11票)を上回りながら、2位票が少なく総得点ではリンスカムに10ポイント差の3位。98年のトレバー・ホフマン(当時パドレス、現ブルワーズ)に続いて、1位票を最もたくさん獲得しながら受賞を逃す結果となった。

「元助っ人」3人目の快挙

ナ・リーグの最優秀監督賞に選ばれたロッキーズのトレーシー監督 【Getty Images】

 今年はMVP、サイ・ヤング賞という大きな賞こそ手にすることのなかった日本人メジャーリーガーだが、イチローが9年連続ゴールドグラブ賞、そして2年ぶり3度目のシルバースラッガー賞に名を連ねたのはさすがだった。さらに、今年は日本と縁ある受賞者がもう1人。ナ・リーグの最優秀監督賞に選ばれたロッキーズのジム・トレーシー監督だ。
 ドジャース監督時代には野茂英雄、石井一久(現埼玉西武)の監督としても知られ、桑田真澄のメジャーデビュー時にはパイレーツ監督だったトレーシーは、現役時代には横浜大洋(現横浜)でプレーした元助っ人選手。日本でのプレーを経てメジャー監督を務めた「助っ人外国人」はこれまで10人を超えるが、最優秀監督賞受賞は89年のドン・ジマー(当時カブス、元東映)、97年のデービー・ジョンソン(当時レッズ、元巨人)に次いで3人目の快挙となった。

 現在のメジャーリーグでは、トレーシーのほかにチャーリー・マニエル(フィリーズ、元ヤクルト、近鉄)、ケン・モッカ(ブルワーズ、元中日)と2人の元助っ人が監督を務めているが、マニエルはインディアンズ時代を含め4度、モッカはアスレチックス時代に2度地区優勝しながら同賞とは無縁。トレーシーに続く日は来るのだろうか。

<了>
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著者プロフィール

静岡県出身。地方公務員、英会話講師などを経てライターに。メジャーリーグに精通し、2004〜08年はスカパー!MLB中継、16〜17年はスポナビライブMLBに出演。30年を超えるスワローズ・ウォッチャーでもある。著書に『燕軍戦記 スワローズ、14年ぶり優勝への軌跡』(カンゼン)。編集協力に『石川雅規のピッチングバイブル』(ベースボール・マガジン社)、『東京ヤクルトスワローズ語録集 燕之書』(セブン&アイ出版)。

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