アンリのハンドが巻き起こした衝撃=W杯欧州予選プレーオフ

テクノロジーの導入は必要か?

風当たりの強くなっているアンリとフランス代表の行く末は…… 【Getty Images】

 また、誤審での敗退に怒りをあらわにしているアイルランド関係者の中にあって、別の見方をする人物もいる。現役時代にマンチェスター・ユナイテッドやアイルランド代表でキャプテンを務め、現在はイプスウィッチで指揮を執るロイ・キーンである。「問題とされるべきはアンリのハンドではなく、アイルランドのディフェンス陣がなぜボールをクリアできなかったかということだろう」。キーンはまた、2月11日に行われたW杯予選のグルジア戦(2−1でアイルランドが勝利)で、アイルランドがラッキーな形でPKを獲得し、勝ち点3を手にしたことについても触れ、「FAI(アイルランドサッカー協会)はその時は、今回のようにFIFAに再戦など申し込まなかったと思うが……」と皮肉めいた発言を行っている。

 英紙『タイムズ』は、アンリのハンドによって生まれたギャラスのゴールを、「歴史に残るスポーツにおける罠」であると位置づけている。逆説的にマラドーナの“神の手”ゴールは番外編とされているのだが、ほかには2008年のF1シンガポール・グランプリでのネルソン・ピケJr.の故意によるクラッシュ、1988年ソウル五輪の陸上100メートルで世界新記録(当時)を樹立したベン・ジョンソン(その後、ドーピング検査で陽性反応が出て、世界記録と金メダルをはく奪される)、02年W杯グループリーグのトルコ戦でブラジル代表のリバウドが行った演技(ボールを顔にぶつけられたフリをして、相手選手が退場となった)、00年シドニー・パラリンピックでバスケットボールのスペイン代表に健常者が含まれていたケースなどが入っている。

 一方で、イングランドの人々にとって、これらの出来事は苦々しい思いを呼び起こすものであるかもしれない。例えば、自国開催の66年W杯、西ドイツとの決勝でジョフリー・ハーストが決めたゴール。主審は得点を認めたが、ボールはギリギリのところでゴールラインを割ってはおらず、“疑惑のゴール”と呼ばれた。
 また、08年のUEFA(欧州サッカー連盟)スーパーカップでは、マンチェスター・ユナイテッドのポール・スコールズが手でボールをゴールに押し込み、退場処分を受けた(結局、ゼニト・サンクトペテルブルクが優勝)。

 いつの時代もすべては紙一重であり、倫理と偽善もまた区別がつきにくい。サッカーという競技は21世紀に入り、ますます商業性を強めているが、いまだにそのルールは旧態依然としたままだ。レアル・マドリーのゼネラル・ディレクター、ホルヘ・バルダーノは「信じるべきはテクノロジーではなく、正義である」と語っている。もちろんルールはツールにすぎないが、道徳がなければ機能しない。

<了>

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著者プロフィール

アルゼンチン出身。1982年より記者として活動を始め、89年にブエノス・アイレス大学社会科学学部を卒業。99年には、バルセロナ大学でスポーツ社会学の博士号を取得した。著作に“El Negocio Del Futbol(フットボールビジネス)”、“Maradona - Rebelde Con Causa(マラドーナ、理由ある反抗)”、“El Deporte de Informar(情報伝達としてのスポーツ)”がある。ワールドカップは86年のメキシコ大会を皮切りに、以後すべての大会を取材。現在は、フリーのジャーナリストとして『スポーツナビ』のほか、独誌『キッカー』、アルゼンチン紙『ジョルナーダ』、デンマークのサッカー専門誌『ティップスブラーデット』、スウェーデン紙『アフトンブラーデット』、マドリーDPA(ドイツ通信社)、日本の『ワールドサッカーダイジェスト』などに寄稿

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