アンリのハンドが巻き起こした衝撃=W杯欧州予選プレーオフ

W杯予選プレーオフで起きた世紀の誤審

アンリ(中央)の犯したハンドが、結果的にフランスをW杯本大会へと導いた 【Photo:アフロ】

 サッカーグラウンドに新たなる“罠”が仕掛けられ、ここ何日か世界中の話題を独占している。18日に行われた2010年ワールドカップ(W杯)欧州予選のプレーオフ第2戦、フランス対アイルランドで、すべての人を不幸にする不当なジャッジがなされた。第1戦を1−0で制していたフランスは、この試合を延長戦の末に1−1で引き分け、本大会進出を決めた。

 だが、103分のウィリアム・ギャラスの同点ゴールをアシストしたティエリ・アンリは明らかにオフサイドポジションにおり、さらに手を使ってボールをコントロールした後、ゴール中央のチームメートへとボールを送った(リプレーは言い訳の余地がないハンドの瞬間――しかも2度ボールに触れている――を映し出している)。だが、主審をはじめとするレフェリーはこのシーンを見逃しており、アイルランドの選手たちの抗議も実らず、フランスの得点が認められた。

 この場面について、倫理的に議論の余地は大いにあるだろう。第一に、ハンドを犯したアンリの態度である。このバルセロナのストライカーは、「試合後に、アイルランドの選手にも主審にも、メディアにも正直に事実を話した」と、自らのハンドを認めて謝罪しており、“汚いプレー”によるイメージダウンをわずかに救っている。だが、これだけでは十分ではない。

 結局、度重なるアイルランド側の再戦要請にも、FIFA(国際サッカー連盟)は時代遅れのルールにのっとり、「審判の決定が最終的なもの」としてつっぱねた。フランス協会も、アイルランドとの連名でFIFAへ再戦要請を行うことには応じられないとした。今回の件で、かねてより議論されてきたゴール判定のためのテクノロジー導入について、賛成論者が息を吹き返すのは間違いないだろう。

加熱するメディア

 アンリは件のプレーの後にすぐ、スウェーデン人の主審マルティン・ハンソンにハンドだった旨を伝えるべきだったのだろうか? あるいは、アイルランドから再試合の要請が出た際にチームメートや協会を説得し、再試合をすべく働き掛けるべきだったか?
 フェアプレーの精神から言えばそれが“正しい行為”かもしれないが、これは簡単なことではない。実際、アンリは「自分の力ではどうしようもない」と前置きしながらも、「一番フェアな方法は再試合をすること」と語っている。だが、こうした誤審はこれまでにも多々あったし、多くの人が涙をのんできた。われわれが生きているサッカー界のシステムはかくも非情なものなのだ。

 一方、フランス代表監督のレイモン・ドメネクは日ごろから何かと物議を醸す人物だけあり、今回の件でも興味深い発言を行っている。フランスがW杯への切符を手にしたのは誤審のおかげであることは認めながらも、「われわれが謝罪する理由は見つからない」と、世間を席巻する倫理論・偽善主義に疑問を投げ掛けている。指揮官に言わせれば、アンリのハンドは故意ではないし、問題となるべきは「主審のミス」だというわけだ。

 ドメネクは「マラドーナが “神の手”でゴールを決めたときには称賛されたのに、われわれの場合はなぜ逆の反応になるのか?」と反論している。また、9月9日のセルビア戦を引き合いに出し、「われわれのGKウーゴ・ロリスが何もしていないのに誤審で退場となった際には、今回のような世間の反応は全く起きていない」と、犯人探しのような過熱報道に苦言を呈した。

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著者プロフィール

アルゼンチン出身。1982年より記者として活動を始め、89年にブエノス・アイレス大学社会科学学部を卒業。99年には、バルセロナ大学でスポーツ社会学の博士号を取得した。著作に“El Negocio Del Futbol(フットボールビジネス)”、“Maradona - Rebelde Con Causa(マラドーナ、理由ある反抗)”、“El Deporte de Informar(情報伝達としてのスポーツ)”がある。ワールドカップは86年のメキシコ大会を皮切りに、以後すべての大会を取材。現在は、フリーのジャーナリストとして『スポーツナビ』のほか、独誌『キッカー』、アルゼンチン紙『ジョルナーダ』、デンマークのサッカー専門誌『ティップスブラーデット』、スウェーデン紙『アフトンブラーデット』、マドリーDPA(ドイツ通信社)、日本の『ワールドサッカーダイジェスト』などに寄稿

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