アンリのハンドが巻き起こした衝撃=W杯欧州予選プレーオフ
W杯予選プレーオフで起きた世紀の誤審
アンリ(中央)の犯したハンドが、結果的にフランスをW杯本大会へと導いた 【Photo:アフロ】
だが、103分のウィリアム・ギャラスの同点ゴールをアシストしたティエリ・アンリは明らかにオフサイドポジションにおり、さらに手を使ってボールをコントロールした後、ゴール中央のチームメートへとボールを送った(リプレーは言い訳の余地がないハンドの瞬間――しかも2度ボールに触れている――を映し出している)。だが、主審をはじめとするレフェリーはこのシーンを見逃しており、アイルランドの選手たちの抗議も実らず、フランスの得点が認められた。
この場面について、倫理的に議論の余地は大いにあるだろう。第一に、ハンドを犯したアンリの態度である。このバルセロナのストライカーは、「試合後に、アイルランドの選手にも主審にも、メディアにも正直に事実を話した」と、自らのハンドを認めて謝罪しており、“汚いプレー”によるイメージダウンをわずかに救っている。だが、これだけでは十分ではない。
結局、度重なるアイルランド側の再戦要請にも、FIFA(国際サッカー連盟)は時代遅れのルールにのっとり、「審判の決定が最終的なもの」としてつっぱねた。フランス協会も、アイルランドとの連名でFIFAへ再戦要請を行うことには応じられないとした。今回の件で、かねてより議論されてきたゴール判定のためのテクノロジー導入について、賛成論者が息を吹き返すのは間違いないだろう。
加熱するメディア
フェアプレーの精神から言えばそれが“正しい行為”かもしれないが、これは簡単なことではない。実際、アンリは「自分の力ではどうしようもない」と前置きしながらも、「一番フェアな方法は再試合をすること」と語っている。だが、こうした誤審はこれまでにも多々あったし、多くの人が涙をのんできた。われわれが生きているサッカー界のシステムはかくも非情なものなのだ。
一方、フランス代表監督のレイモン・ドメネクは日ごろから何かと物議を醸す人物だけあり、今回の件でも興味深い発言を行っている。フランスがW杯への切符を手にしたのは誤審のおかげであることは認めながらも、「われわれが謝罪する理由は見つからない」と、世間を席巻する倫理論・偽善主義に疑問を投げ掛けている。指揮官に言わせれば、アンリのハンドは故意ではないし、問題となるべきは「主審のミス」だというわけだ。
ドメネクは「マラドーナが “神の手”でゴールを決めたときには称賛されたのに、われわれの場合はなぜ逆の反応になるのか?」と反論している。また、9月9日のセルビア戦を引き合いに出し、「われわれのGKウーゴ・ロリスが何もしていないのに誤審で退場となった際には、今回のような世間の反応は全く起きていない」と、犯人探しのような過熱報道に苦言を呈した。