第2戦で放った本塁打は、松井の運命を変えるか

畑中久司

通常通りクラブハウスでの記者会見

第2戦で内角低めの変化球をとらえ、ソロ本塁打を放った松井 【Getty Images】

 新しいヤンキー・スタジアムにはメディア専用の階段ができた。2階にある記者席から地下のクラブハウスまで、昨年まではファンに混ざってスロープを降りるかエレベーターに乗るしかなかったが、今年から様変わり。メディア全員に好評だったこの専用階段が、メディアであふれかえり、一歩も身動きが取れない状況に陥った。

 ワールドシリーズ第2戦。ヤンキースが1勝1敗に戻した試合直後のことだった。

 聞けば出口となるべき扉が封鎖されているらしい。というのも、このワールドシリーズはジョージ・スタインブレナーオーナーによる開幕戦以来の“御前試合”で、オーナー御一行様がクラブハウスレベルを通って球場を後にするまで、通ることさえできないようにしたのではないかということだった。

 「これじゃあ、松井のヒーローインタビューに遅れちゃうかも」

 そんなことを周りの記者仲間と話していたのだが、まったくの杞憂(きゆう)に終わった。

 ポストシーズンではその試合のヒーローと認定された選手は記者会見場に呼ばれ、メディアとの質疑応答がある。実際に松井秀喜は2003年のワールドシリーズ第2戦で本塁打を放って呼ばれているし、2006年のリーグ優勝決定シリーズでは田口壮(当時カージナルス)が通訳なしでメディアの質問に答えた。

 階段で待ちぼうけを食らっている間、松井には記者会見への声が掛かるものと筆者は疑わなかった。ところが、会見の場に現れたヤンキースの選手は、勝ち投手のA・J・バーネットと同点弾のマーク・テシェイラ。松井はクラブハウスで通常通りの記者会見だった。

 「時間的にも通訳がいらない選手の方が優先されるのではないか」。ある地元記者はそう話した。「クラブハウスでだって話が聞けるんだからいいじゃない」。あるヤンキースの若手広報の言葉はもっともだと思う。ただ、少し寂しい気はする。何重にも輪を作るアメリカメディアに淡々と答える姿がそこにはあった。

 黙々と仕事をする男――。

 昨今、日本の選手やチームを指して「サムライ」というフレーズがよく使われる。少々食傷気味だが、この男にこの表現は悪くないと思った。チーム内での立ち位置は“助っ人外国人”に近いものがある。結果を出せなければすぐに不要論が噴出し、結果を出せば次の日には必要論が紙面をにぎわせる。契約最終年であることを考慮しても、高く注目を集める存在に違いはない。

ペドロから放った一発

 6年ぶりに出場したワールドシリーズ。第1戦を落とした。松井自身は1安打を放ったが、フィリーズ先発のクリフ・リーの前に打線は沈黙した。

 「この舞台を毎年目指してスプリングトレーニングからやってるわけですから、そういう意味では非常に幸せな気持ちは強い。ただ、結果は残念でしたね今日は」

 独特の緊張感を味わえたのは、最初の数時間だけ。本当ならもっと楽しみたい舞台だったはずだが、試合後の松井はニコリともしなかった。

 そして第2戦。相手はペドロ・マルティネス。その第3打席だった。最速91マイル(約146キロ)と軟投派に変身していたペドロをどう攻略するかが焦点だった。何かを変えるのか。何も変えないのか。

 「どんなピッチャーでも共通してるのは甘い球を打つこと、ボール球を振らないことですから。ストレート系を狙うというところも変わってはないですよ」

 変えない、が松井の答え。それでも、打ったのはカーブ。それも内角低めのボール球。決して甘くはなかった。

 「低かったけど、インコースだった分、対応できたと思う。うまく対応できたっていう、それだけじゃないですか」

 松井独特の感覚かもしれない。自然に体が動いたということか。どんな形にせよ芯でとらえればスタンドインするだけの力はある。そうでなければ、いくらヤンキー・スタジアムが狭いといっても公式戦とポストシーズンで30発は打てないだろう。

監督の言葉が示すものとは

 翌日、地元紙『ニューヨーク・ポスト』のケビン・カナン記者は、指名打者制のない敵地でも松井をスタメンに入れるべきとの持論をコラムで展開。公式練習での監督会見でも、松井の処遇について質問が飛んだ。

 ジラルディ監督は言った。

 「マツイが今年見せた得点能力を見れば、誰だってその打撃を失いたくない」

 会見ではさまざまな要因、エクスキューズにも触れてはいるが、この言葉が何を示すのか。

 1本のホームランが、松井の運命を変えるか。

 松井が守備につけば、ヤンキースを動かす運命の歯車も大きく動き出すだろう。

 泣いても笑っても、1週間後にはワールドシリーズの覇者は決まっている。

<了>
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