ストレートの幻覚から目覚めた高知高・公文=タジケンの甲子園リポート2009
驚くべき力を与える甲子園の魔力
甲子園は、ときに信じられない力を球児たちに与える。今大会も、わずか7試合で2人の投手が驚くべき数字を記録した。八千代東高(千葉)のエース・村上浩一が139キロ。作新学院高(栃木)の背番号10・田代敏史が149キロ。いずれも、自己最速を10キロも上回った。
「甲子園は(スピードガンが)甘めと聞いてましたけど。139じゃないですよ。(常に)10キロぐらい速いです。いつもは123ですから」(村上)
「びっくりしました。お客さんが拍手していたので『何なのかな?』と思いました」(田代)
6回から救援した田代は打者7人目までは133〜137キロで5安打を浴びたが、「自分の全部を出し切ろうと思い切り投げた」というその後は140キロ台を連発。9回には149キロ以外にも146キロ、147キロを記録した。球速が上がってからの田代は打者8人をパーフェクトに抑え、5奪三振。別人に変身した。だが、見たこともない数字は、投手を酔わせ、逆にマイナスになることの方が多い。
村上は西条高(愛媛)を相手に3失点と好投したが、試合後にこうふりかえった。
「真っすぐが走り過ぎちゃったのが良くなかったですね。真っすぐ主体のピッチャーじゃないのに真っすぐに頼りすぎた。真っすぐで勝負に行こうとして精彩を欠きました」
2点を先制された3回に打たれた2本のタイムリー二塁打は、いずれも追い込んでからのストレートを打たれたものだった。
同じように、ストレート勝負にこだわり敗れたのが興南高(沖縄)の島袋洋奨。島袋も明豊高(大分)戦で自己最速となる145キロをマークしたが、3対0で迎えた6回1死二塁からの3連打はいずれもストレート。8回の同点打、9回のサヨナラ打にいたっては、打たれた打者2人に投げた合計9球すべてがストレートだった。
「スライダーよりは、ストレートで打たれた方がいいので」(島袋)
ストレートに自信を持つがゆえの単調な配球が命取りになった。
144キロを記録も変化球で14三振中9三振
如水館高(広島)との1試合目では、64球のうち58球がストレート(約91パーセント)。変化球はわずか6球しかなかった。この試合で許した4安打はすべてストレートを打たれたものだ。雨天ノーゲームで再試合となった2試合目では、ストレートの割合は78球中48球(約62パーセント)と減ったが、被安打6はいずれもストレートを打たれたもの。4回は2死走者なしから7、8、9番の下位打線に3連打を浴びたが、8番の絹川大紀には2−2から、9番の森兼堅二には2−3から、ストレートを勝負球に選んだところを狙い打たれた。1試合目では3イニングで4三振していた如水館打線も、2試合目は4イニングで三振ゼロ。ストレートには完ぺきに対応していた。
再び雨天ノーゲームとなり、迎えた3試合目。ここで公文は自分のストレートへの幻覚から目覚める。晴天の好コンディションもあり、この日は3試合で最高の出来。自己最速タイとなる144キロを記録したが、ストレートに頼る投球を改めた。160球中、ストレートは89球(約56パーセント)のみで14奪三振。14三振中、9個が変化球で奪ったもの。特に左打者への外角スライダーが有効だった。
本来は力投型だが、変化球をうまく混ぜたことでうまく体力も温存。150球を超えた9回にも143キロをマークして「5回で104球ですからね。それだけ投げさせれば疲れるだろうと思いました。あれだけ投げられたら大したもんです」と70歳の敵将・迫田穆成監督を脱帽させた。3日間で球は最も走っていたが、ストレート一本槍にならなかった結果だった。
「投げたいのは真っすぐです。特にピンチでは真っすぐで勝負したいんですけど、勝つためには変化球も投げないといけないので」(公文)
甲子園では、右打者相手なら左打者の本塁ベース寄りのライン上、左打者相手なら右打者の本塁ベース寄りのライン上付近が、最もスピードが出やすい。外角のストライクゾーンも広いため、ついついストレートに頼りたくなる。その気持ちをいかに我慢できるか。もちろん、ストレートあっての変化球であることは間違いないし、変化球を効果的にするにはストレートの使い方も重要になる。
ただ、自己最速の幻覚に酔うのは命取り――。
<了>
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