補強を行わないヴェンゲルの“確信”=東本貢司の「プレミアム・コラム」

東本貢司

出入り双方が控えめのプレワールドカップ・シーズン

アデバヨールとコロ・トゥーレを放出したアーセナル。ヴェンゲルに勝機はあるのか 【Getty Images】

 プレミアリーグの新シーズン開幕まで1週間を切ったが、その前夜祭というべき恒例のコミュニティー・シールドは9日の日曜日にウェンブリーで行われている(チェルシーがPK戦の末にマンチェスター・ユナイテッドを下した)。同週末にはチャンピオンシップ(2部)以下の72チームが第1節を消化した。すべては例年通り。そして例年、何か割り切れない思いにとらわれてしまうのだが、この時点においても各チームの戦力陣容はまだ流動的であり、残り約3週間、駆け込み補強をめぐるもやもやとした疑心暗鬼が漂い続けるのだ。

 このオフは、すっかりマンチェスター・シティー(とレアル・マドリード)の“バラマキ”事件に毒気を抜かれたのか、そのシティー、および、数だけはせっせと集めまくっている昇格組を除いて、総体的に補強が進んでいない。いや、出入り双方が控えていると言った方がいいだろうか。おそらくは、プレワールドカップ・シーズンということも少しは影響しているのかもしれない。代表プレーヤー(特に代表入り当落線上にいる面々)にとっては、下手に動いてしまってレギュラーが確保できない結果になってはまずい。また、新天地でいいところを見せようと気張りすぎて故障したりすれば、それこそ元も子もない。

 もう一つ、プレミアは他国の同レベルリーグに比べて消化する試合数が多く、とりわけチャンピオンズリーグ出場組の“4強”は、ほぼ週2試合単位でシーズンを乗り切らねばならない運命にある。つまり、特に異邦の戦士たちにとっては、経験したことのない試合過多による疲労か、ローテーションシステムの二番手グループに甘んじるかの、いずれかを覚悟しなければならなくなる可能性が高いのだ。
 ここまでの移籍状況を眺め渡せば、移動したほとんどのプレーヤーが「代表確定組」もしくは「今のところ代表とは無縁」のいずれかだということが分かるだろう。いずれにせよ、そんなこんなの思惑が働いているという事情もないとは言えない、という話である。

ヴェンゲルが白旗を掲げた?

 その上で、あらためて有力どころのチームの戦力を俯瞰(ふかん)してみると、王者マンチェスター・ユナイテッドはロナウド、テヴェスを失ってもオーウェンとヴァレンシアで(戦術的にかなり変わるとしても)帳尻を合わせたと言える。シャビ・アロンソを手放したリヴァプールも早速、アキラーニを獲って穴埋めした格好。バリーとダウニングを“入れ替えた”アストン・ヴィラ、ベントが出てクラウチが入ったスパーズ(トテナム)もしかり。エヴァートンは実質的に出入りがない。チェルシーも、懸念される高齢化にさえ目をつぶれば戦力落ちはなく、ジルコフが入った分プラスということになる(最新情報ではローマのデ・ロッシ獲得に動いているという)。つまり、ここまでは実質的にほぼプラスマイナス・ゼロ。

 ところが、アーセナルだけはその評価基準から外れてしまっている。アデバヨールとコロ・トゥーレを放出した“まま”だ。唯一の新戦力、若いベルギー人のヴェルメレンを即戦力と計算するのはさすがに早計。そこへもってきて、プレシーズンにナスリが骨折で晩秋までのリタイアが確定、やっと復帰したはずのロシツキーも再び故障再発の“ダブルパンチ”で、さらにマイナスポイントが増えてしまった。エドゥアルド? ブランクが気になる……。

 誤算はまだある。狙いを絞ったマルーアン・シャマク(ボルドー)、マイクル・ターナー(ハル)は、それぞれの所属クラブの抵抗にあって見込み薄。仇敵スパーズが獲得に乗り出すというニュースを聞いて黙っていられなくなったのか、ヴィエラ(インテル)の“出戻り獲得”に心が動くも、その後進展なし(まだ芽はなくもないが。とりわけ、まかり間違ってファブレガスのバルサ移籍が実現してしまうような場合には)。

 数多の“逆境”のすべてをグイッとのみ込んでか、アーセン・ヴェンゲルは10日、悪く受け取れば白旗とも聞こえる「開き直り発言」をした。
「現有戦力で開幕を迎えることになる。元より(わたしが進めてきた)チーム作りの主眼は“底上げ”であって、安易な“追加”に頼るものではない」

1/2ページ

著者プロフィール

1953年生まれ。イングランドの古都バース在パブリックスクールで青春時代を送る。ジョージ・ベスト、ボビー・チャールトン、ケヴィン・キーガンらの全盛期を目の当たりにしてイングランド・フットボールの虜に。Jリーグ発足時からフットボール・ジャーナリズムにかかわり、関連翻訳・執筆を通して一貫してフットボールの“ハート”にこだわる。近刊に『マンチェスター・ユナイテッド・クロニクル』(カンゼン)、 『マンU〜世界で最も愛され、最も嫌われるクラブ』(NHK出版)、『ヴェンゲル・コード』(カンゼン)。

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント