91度目のサヨナラ機でついに決めたイチロー

木本大志

メジャー通算1952安打でゼロだったサヨナラ打

メジャー9年目にして初のサヨナラ安打を放ったイチロー 【写真は共同】

 29日(日本時間)のブルージェイズ戦、9回裏の攻撃が始まる時、スコアブックに目を落とす。パッと計算して、イチローに打席が回ってくるとしたら、「2死満塁だな」と漠然と考えた。

 相手ミスなどで無死満塁となると、イチローの前で試合が終わる確率が高くなったものの、代打のホセ・ロペスが倒れて1死となると、「回ってくるな」と、なぜか直感的に思う。

 そのとき、打席にはロニー・セデーニョが立っていたが、むしろあっさり三振をしてくれた方が、サヨナラのチャンスが膨らむとさえ感じた。

 すると不思議なもので、本当にセデーニョは三振を喫している。

 2死満塁で、イチロー。最初に頭に浮かんだシナリオ通りだった。

 そのとき、観客はほぼ総立ちとなっていた。勝利を確信して疑わない。

 イチローがデビューした2001年以降、8年半で誰よりもヒットを打っているのがイチロー。その確率で考えれば、メジャーのどの打者よりも、サヨナラヒットを打つ可能性が大きいということになる。

 マリナーズファンとすれば、理想的な選手を打席に送り出した気分だっただろう。

 しかし、サヨナラに関するイチローのデータは、そのムードに冷や水を浴びせるかの如く、信じられないもの。

 なんと、その打席の前までイチローは1952安打を放っていたが、サヨナラヒットを放ったことが一度もなかったのである。

 確率で表すなら、「ゼロ」。

 信じられないが、本当に0%だったのだ。

「最後までなくてもいいかな」と思っていた

 実は、今年5月3日、日本人メディアとイチローの間で、こんなやり取りがあった。

――まだ、サヨナラヒットがないのだが、不思議に思うか?

 それに対してイチローは、こう答えている。

「不思議なことはないですけど。ごめんなさいというしかないですね」

 ただ、間を置かずに言葉を足す。

「まあ、その機会がどれぐらいあったかですね、それは」

 確かにそう。ただ、その機会――。数え上げればきりがないと感じて、そのときはお手上げだった。

 例えば、同点の9回、ランナーなしで打席に入っても、本塁打が出ればサヨナラヒットとなるわけで、どこで線を引くのか。得点圏だけに絞れば数字は出しやすいが、それではサヨナラに繋がるすべての状況を排除することになる。

 実は、29日の試合後もマリナーズの広報とそんな話になったが、彼らも「あまりにも複雑で、ちょっと数字を出せない」と答えていた。

 そのとき、彼らは記録専門のリサーチ会社「エライアス」に問い合わせておくと言っていたが、果たしてエライアスは、翌朝までにきっちり調べ上げていたのだから、さすがとしかいいようがない。

 さて、その結果は、昨日の打席を含めて「91打席」だそうである。

 100打席近くチャンスがあって、1本もサヨナラヒットがないことは不思議に感じるが、それはやはり、例えば、同点の9回、ランナーなしで打席に入っても、本塁打が出ればサヨナラとなるだけに、そうした可能性をすべて加味すると、そんな首をひねりたくなるような数字になるのだろう。

 で、91打席の内訳を見ると……。

 72打数27安打(3割7分5厘)、15四球(11敬遠)、4犠打。

 そう、実は無茶苦茶打っているのである。

 ただ、おそらく、得点圏ではほとんど勝負してもらえなかったのではないか。11敬遠という数字は、それを教えてくれる。

 いずれにしても、サヨナラヒットが出た。

 イチローのコメントは、なぜか寂しげだった。

「最後までなくてもいいかな、というのはあった。まあ、出ちゃいましたね」

 引退までにイチローは、誰よりもヒットを打っているかもしれない。通算4256安打のピート・ローズよりも。

 ただ、そのとき、サヨナラヒットを打ったことがない、というエピソードが付随したとしたら――それはそれで面白い、ということなのかもしれない。

 ところで、イチローが打席に入った時、その結果も頭をよぎっていた。

 カウント2−3となり、最後は外角低めのカーブを打ってショート内野安打。

 よってイチローが3球目、外角低めのカーブを打ちにいったときは、ひそかにドキッとしたが、フラフラっと上がった打球は、ショートの頭を越えていった。

<了>
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