第9回 コンフェデ杯成功の陰で(6月28日@ヨハネスブルク)=宇都宮徹壱の日々是連盟杯

宇都宮徹壱

サプライズ、安定感、そして若きタレントの不在

決勝戦が終わり、スタンドを後にする観客たち。南アでのコンフェデ杯は、とりあえずは「成功」に終わった 【宇都宮徹壱】

 かくしてブラジルは、大会2連覇、3度目の優勝を達成。試合後、全員が輪になって、まるでW杯に優勝したかのように喜ぶ彼らの姿を見ていると、この米国との決勝がいかに厳しいものであったかが、容易に理解できる。一方の米国の落胆ぶりも、これまた尋常ではなかった。中には必死で涙をこらえている選手もいる。彼らは本気で優勝するつもりでいたのである、あのブラジルを相手に。こうした両者の強い思いがぶつかり合って、今回のコンフェデ杯決勝は、近年まれに見る充実したゲーム内容になったのだと思う。

 コンフェデ杯の全日程を終えた今、あらためて今大会を総括してみることにしたい。
 今大会の傾向その1は、サプライズの多さである。イタリアに1−0で勝利したエジプト。スペインに2−0というミラクルを起こした米国。これに、敗れたとはいえブラジルとスペインにいずれも接戦を演じた南アを加えてもよいだろう。イタリアやスペインが、今大会にどれほどの思い入れがあったかについては、いささか微妙なところはあるが、大陸間の実力差は、これまで以上に縮まりつつあることが、この大会からも実感することができた。個人的には、イラクと0−0で引き分けたニュージーランドについても、もっと評価されても良かったように思える。

 傾向その2は、チームのバイオリズムにばらつきがあったこと。換言するなら、常に安定していたチームが、ほとんどなかったことである。エジプトはグループリーグ3戦目で、スペインは準決勝で、いずれも極端にリズムを崩し、勢いに乗る米国の餌食となってしまった。逆に米国も南アも、グループリーグではあまりぱっとしなかったものの、その後は尻上がりにチーム状態が改善され、最後の2試合では最高のパフォーマンスを発揮することができた。こうして見ると、比較的バイオリズムが安定していたブラジルが優勝したのも、ある意味で当然のことだったのかもしれない。

 傾向その3は、次代を担う若いタレントの活躍が、あまり見られなかったこと。今大会、ある程度目を引いたのは、イタリアのFWロッシ(22歳)、米国のFWアルティドーレ(19歳)、そして南アGKのクネ(22歳)くらいか。ブラジルのFWパト(19歳)などは、もっと出番があっても良かったように思う。老朽化が激しいイタリアは別としても、スペインにしろブラジルにしろ、主力選手が絶頂期を迎えつつある中、彼らを脅かすような若手には、なかなかチャンスが与えられていないのが現状のようだ。仕方がないとはいえ、いささか残念にも思えてしまう。来年の本大会では、新たなヒーローの登場を心から期待することにしたい。

かくして来年、W杯は南アで開催される

かくして来年のW杯は、間違いなく南アで行われる。行くべきか否か、その決断を下すのはあなた次第である 【宇都宮徹壱】

 試合後、大会終了の余韻に浸りながら、メディアバスに乗り込む。車中、隣に座っていたドイツ人のベテランフォトグラファーが、ふとしたことで、友人のジャーナリストが大会期間中に「不幸なアクシデントによって」死亡したことを語り始めた。ブルームフォンテーンでの出来事らしい。「そこらじゅうが血だらけだった。それなのに、警察も救急車も、なかなか来てくれなかった。信じられないことだ」。そんなニュースは聞いていないという意見に対しては「FIFA(国際サッカー連盟)は、いいニュースしか伝えていない。これは本当の話だ」と、ベテランフォトグラファーは興奮気味に断言した。

 果たして、実際にそういう事件が起こったのか。また本当に死者が出たとして、それが犯罪によるものなのか、それとも事故によるものなのか、どうにも判断がつかないのが何とももどかしいところだ。実はわれわれの取材現場では、メディア関係者が犯罪に巻き込まれた話を、たびたび耳にしている。「日本のメディアが被害に遭った」という話もあるくらいだ。ただ不思議なことに、それらはいずれも「うわさ話」の域を出ていない。いつ、どこで、誰が、どのようにして被害にあったのか、具体的な要素が抜き取られた情報だけが「うわさ」としてひとり歩きしているのが実情。被害者側に知られたくない事情があるのか、それとも主催者側が情報操作を行っているのか。いずれにせよ、現時点で公(おおやけ)には、今回のコンフェデ杯は「つつがなく閉幕した」ことになっている。

 本当は、今回の南アでのコンフェデ杯がいかに素晴らしい大会であったか、そして来年のW杯がいかに楽しめるものであるか、そのあたりを強調した上で「それでは来年、南アでお会いしましょう」といった感じで、当連載を終えるつもりでいた。だが、やはり当地は「南アよいとこ、一度はおいで」などと、気易く言える状況ではないようだ。
 幸い私自身は、南ア滞在9日間で、危険な目には一度も遭遇することはなかった。むしろ、過度の杞憂や偏見によって今回の南ア行きを断念していたら、取材者としてずい分と損をしていたとさえ思ったくらいだ。それだけ現地のサッカー事情は、刺激的かつ興味深いものであり、この地で行われるW杯は、これまでにない魅力的なものになるだろうという、確信めいた手応えさえも感じている。

 だが、そうした個人的な経験と、実際に現地を取り巻く状況とは、やはり厳格に分けて考えるべきであろう。少なくとも今、確実に言えることはただひとつ。それは今回のコンフェデ杯の「成功」を受けて、2010年のW杯は間違いなく、ここ南アで開催される――という事実である。行くべきか、行かざるべきか、その決断を下すのはあなた次第。ボールはすでに、あなたの足元にある。

<了>

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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