マリナーズを導くドン・ワカマツのルーツ=日系人監督としての強い意志

丹羽政善

マリナーズでの開幕戦秘話

マリナーズでメジャー初の日系人監督となったドン・ワカマツ氏 【Getty Images】

 地元での開幕戦となった4月14日(現地時間)、ドン・ワカマツ監督は、91歳になる祖母ルース・ワカマツさんと、93歳になる祖父ジェイムス・ワカマツさんをセーフコ・フィールドに招待した。

 当初、ワカマツ監督の父である、リーランド・ワカマツさんは、ルースさんらの高齢を理由に、シアトル行きをためらった。

 祖父母の住むオレゴン州フッドリバーからシアトルまでは、車で3、4時間の距離。それだけの時間車に座り続けることは、体に負担がかかりすぎるのではないかと、まゆをひそめたのだ。

「ちょっと、無理だろう」

 息子に伝えれば、「どうしても」と、初の日系人監督は引かない。

「なんとかして、連れてきてくれないか」

 なおも渋る父親に、ワカマツ監督はこんな提案をしたという。

「キャンピングカーを借りよう。それなら、横になりながらでも乗ることができるから」

 果たして、まるで大型バスのようなキャンピングカーを手配して、祖父母は一路シアトルへ。

 球場では、寒ければ部屋の中に入って暖をとれるスイートルームに招待。入り口に「24番」の札が掲げられたその部屋は、所有するケン・グリフィーが気を利かせて用意してくれたものだった。

 試合前、スタンドの祖父母に向かって、ワカマツ監督は大きく手を振る。祖父母は、目に浮かぶ涙をぬぐった。

第二次世界対戦での強制収容

 後日、ルースさんがあのときのことをこう振り返っている。

「本当に誇りに思いました」

 そこには万感の思いが込められていた。

 彼女は、「ニッケイ」や、「ニセイ」という言葉が半ば差別的に使われていた時代を生き抜いた一人。

 第二次世界対戦が始まると、太平洋を渡った父親が、裸一貫で築き上げた財産を奪われ、強制収容される。ポートランドの競馬場――厩舎(きゅうしゃ)にまずは収容され、その後は、収容所を転々。

 悪名高き忠誠テストでは、アメリカ政府の望む答えをしなかったとして、収容所の中でも「危険分子」が多く集められたことで知られる北カリフォルニアのツールレイク隔離収容所へ送られた。

 アメリカ国籍を持ち、アメリカで生まれ育った彼女ら日系人が、なぜか危険な反米、敵国の日本人としてみなされる。それに抵抗すればするほど、追い込まれていった。

 ルースさんは、「今でも、どうして強制的に収容されたか分からない」と言うが、屈辱に耐えられず、日本への帰国を選択した人たちは、祖国で「移民」と呼ばれ、差別を受けたそう。「どちらにしても、私たちは居場所がなかった」と、当時を振り返るルースさんの言葉には、日系人の悲哀がにじむ。

 そんな境遇を考えれば、孫の代――生きているうちに、アメリカの中でも特に保守的な傾向が強い大リーグという世界で、日本人の血を引く人間が監督になれるとは、到底想像できなかったに違いない。

日系人監督誕生の意義

 オークランド近郊の街――ヘイワードで生まれ育ったワカマツ監督は、そうした生活とは無縁のまま育った。

 ただ、ツールレイク隔離収容所で生まれた父親の元に、アメリカ政府から補償金の小切手が送られてくることには気付いていた。

 訳ありのお金ではないかとうすうす感じ、心のどこかで目を背けてきたその理由を尋ねたのは、わずか数年前のこと。

 幼く、収容所生活の記憶のない父に代わって祖母が強制収容の過去、戦争が終わっても受け続けた差別の歴史を伝えると、ワカマツ監督は、怒りをにじませてその場を離れたという。

「話さなければよかったかもしれない」と振り返るルースさんだが、知ってしまった以上、ワカマツ監督はもう、自身のルーツを知りたい、知らなければならないという衝動から、逃げられなくなった。

 日系人の集いに顔を出し、先達に過去を問い、聞いた話を今度は、伝える側に回る。

 監督就任は、一つの大きなメッセージになった。

「日系人でも、監督になれるんだよ」

 それは、バラク・オバマが大統領になったとき、アメリカに住む黒人たちが、「もうこれで、なれない職業はないんだよ」と子供たちに伝えたことと同質かもしれない。

 差別を受けてきた祖父母にも、時代の変化を伝えたい。無理を承知で球場招待にこだわったのは、一つの宿命にピリオドを打つことだったのかもしれない。

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著者プロフィール

1967年、愛知県生まれ。立教大学経済学部卒業。出版社に勤務の後、95年秋に渡米。インディアナ州立大学スポーツマーケティング学部卒業。シアトルに居を構え、MLB、NBAなど現地のスポーツを精力的に取材し、コラムや記事の配信を行う。

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