マリナーズを導くドン・ワカマツのルーツ=日系人監督としての強い意志

丹羽政善

テレビの前で孫の成功を祈る

イチロー(右)らと談笑するワカマツ監督 【写真は共同】

 ルースさんを訪ねたのは、シーズンが始まって1カ月を過ぎたころ。

 もうこの時期になると、ワカマツ監督も祖父母も感傷に浸っている暇はなかった。

 幸い、チームは好調なスタート。

「きょうのショーン・ケリーは制球が悪いわねえ。どうして使ったのかしら?」

 ルースさんからは、冗談とも本気ともとれる言葉が飛び出すようになっていた。それより、91才の彼女が、ここまで野球にのめり込んでいることに驚く。

 そのことをワカマツ監督に伝えれば、苦笑しながら言った。

「毎日のように電話をしているからね、よくアドバイスを受けるよ(笑)。父親も、『どうしてあそこで投手を代えなかったんだ』なんて言うんだ」

 さらに監督は、古い記憶をたどった。

「僕がメジャーでデビューしたとき、その試合には、母方の祖母が球場に来ていたんだ。試合後に会うと、こう言われたよ。『どうして、打ち上げてばかりいるの? もっと転がさなきゃダメじゃない』」

 孫が監督に就任するまで、「あまり野球の試合を見ることはなかった」とルースさん。ただ、毎日中継が見られるようにと、ケーブルテレビ会社に「スポーツ・パッケージ」という、マリナーズの試合が全試合見られるプログラムを申し込んだ。

 毎晩、試合が始まると、じっとテレビの前に座る。願いは一つ。チームが勝つこと。

「シーズンが終わって、あの子が返ってきた時、暗い顔を見たくないからね」

強い意志で、チームを導く

「いつでも来なさいね」

 去り際、自分の孫に声をかけるように、ルースさんは優しく言ってくれた。

「フッドリバーの街も、こぢんまりしていいところよ」

 そんな言葉を思い出して、帰路につく前、フッドリバーのダウンタウンに車を向けた。

 選ぶとでもなく入ったレストランで、ウエートレスに尋ねてみた。

「この街出身の人が、マリナーズの監督になったことは知ってる?」

 20代半ばと思われる彼女は、記憶の引き出しをいくつか開けながら、一人の監督の名前を、自信たっぷりに口にした。

「マイク・ハーグローブ?」

 いやいや、ハーグローブは、もうマリナーズの監督ではありません。

 そう伝えれば彼女は、申し訳なさそうに弁解の言葉を口にした。

「最近、こっちに引っ越してきたばかりだから……」

 それなら、しょうがない。じゃあ、どこから来たの?

「シアトル」

 低迷が続いたマリナーズ。ファンが離れて久しい。復権はワカマツ監督の手腕にかかる。

 それを揺るがぬ意志でなさんと、彼には秘めた思いがある。
 鉄の意志こそ、過去を乗り越えた祖父母から学んだもの。彼女らは、二世が優秀であることを示さんと、不屈の精神で不遇を乗り切った。同じことをグラウンドで体現したい。
 それができると、ワカマツ監督は強い確信を持つ。今も、終戦のときに買い取りを迫られた収容所のバラックを利用し、自分たちで建てた家に住む彼女らとは、同じ血が流れているのだから。

<了>

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著者プロフィール

1967年、愛知県生まれ。立教大学経済学部卒業。出版社に勤務の後、95年秋に渡米。インディアナ州立大学スポーツマーケティング学部卒業。シアトルに居を構え、MLB、NBAなど現地のスポーツを精力的に取材し、コラムや記事の配信を行う。

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