利府高の呪縛を解いた主将の一打=タジケンのセンバツリポート2009

田尻賢誉

緊張――初出場校にとって厄介な存在

1回表、先頭打者だった主将・遠藤の一打で多くの呪縛から解き放たれた利府高は掛川西高を10対4と大差で下した 【写真は共同】

【利府 10−4 掛川西】

 緊張――。
 初出場校にとっては、相手よりも厄介な存在になることが少なくない。立ち上がりをどう乗り切るか。それが第一のテーマになる。とりわけ、利府高ナインにとっては重要だった。
 大会前に宮崎で合宿を張ったが、宮城県に戻った後は寒さで満足のいく練習ができなかった。抽選会で出場校中しんがりの6日目になったことも、むしろ「たくさん練習ができるからありがたい」(穀田長彦部長)と歓迎するほどだった。
 ところが、今度はその日程が調整を妨げる。初戦まで時間がありすぎて疲れが出てしまったのだ。試合前日の練習では、選手たちの調子の悪さが目立った。遠藤聖拓主将は「練習後は切り替えて、午後はしっかり休養しました」と言ったが、不安があるのは否めなかった。

 だからこそ、初回。
 先攻だけに、先制点を取れるかがカギになる。中でも、先頭打者の遠藤。捕手ながら1番を任される主将の出来がチームを大きく左右する。
 新チーム結成以来、公式戦、練習試合を通じてチーム1位の打率4割3分4厘を誇る遠藤は、その数字以上に存在感が大きい。「遠藤がいないとチームにならない」(小原仁史監督)と言うように、昨秋の東北大会では、大会前に利き手である右手舟状骨を骨折していながらテーピングで固めてフル出場。周囲の誰もが骨折しているとは気付かせないプレーでチームをけん引した。
 その中でも、最も大きかったのが準々決勝の酒田南高戦の1回表に放った先頭打者本塁打。昨夏の甲子園でも好投した東北屈指の左腕・安井亮輔から放った一発は、「これでいける」とチームを勇気付けた。これをきっかけに利府高ナインは粘り、16三振を奪われながら延長11回、3対2で勝利。“金星”といっていい勝ち星を挙げた。安井を擁する上に、甲子園経験者6人が残る酒田南高は東北大会優勝候補。誰もが苦戦を覚悟していただけに、遠藤の本塁打には計り知れない価値があった。

「自分が打てばチームが乗る」

 遠藤が打つか打たないかでチームの雰囲気が変わる。
 そういっても過言ではない打席で、遠藤は結果を出した。甲子園初打席でも、持ち味であるファーストストライクから積極的に打ちにいく打撃を忘れなかった。カウント2−2からの5球目をセンター前へ。当たりこそ良くなかったが、しぶとく打ち返した。
「(東北)シニアの先輩の到さん(=橋本・現巨人・仙台育英高)が言っていたことなんですけど、初球はホームランを狙ってフルスイングします。その後は、どんな球でも打ちにいけるようにする。(初回に)自分が打てば、チームが乗ると思っています。絶対打たなきゃいけないという気持ちでした」(遠藤)
 酒田南高戦同様、この一打がチームの緊張を和らげた。
「緊張してたんですけど、遠藤が打って一塁ベースを踏んだときからなくなりました。遠藤のことは(チームや勝敗を)全部預けていいというぐらい信頼しています。打ってくれて、やる気が出ましたし、モチベーションが上がりました。あれで(打線に)火がつきましたね」(一塁手・馬場康治郎)
 遠藤の安打を足掛かりに4番・湯村拓の左中間二塁打で先制した利府高は、4回に5安打で5点を挙げるなど5回まで毎回の10得点。前半で勝負を決めた。

 ただ1人無安打で、8、9回に2失策を犯した遊撃手の桜田俊之は「最初から最後まで緊張しました。掛川西高の応援がすごくて……。ショートは(掛川西応援の三塁側アルプス席に)近いじゃないですか。呑まれてしまって、最後まで足が動いてくれませんでした」。だが、これは甲子園でプレーする選手には珍しくないこと。もし遠藤の安打がなければ、ほかの選手たちも桜田のような気持ちのままプレーしていた可能性もある。

 信頼できる主将が、その信頼どおり結果を出す。それが、どれだけの影響力を持つか。小原監督の言葉が、すべてを表している。
「あれが大きかったですね。引っ掛け気味でしたけど、抜けてくれたので。抜けると抜けないじゃ全然違いますから」
 たかが1安打。されど1安打。
 利府高の多くの呪縛を解いた、遠藤の一打だった。

<了>
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著者プロフィール

スポーツジャーナリスト。1975年12月31日、神戸市生まれ。学習院大卒業後、ラジオ局勤務を経てスポーツジャーナリストに。高校野球の徹底した現場取材に定評がある。『智弁和歌山・高嶋仁のセオリー』、『高校野球監督の名言』シリーズ(ベースボール・マガジン社刊)ほか著書多数。講演活動も行っている。「甲子園に近づくメルマガ」を好評配信中。

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