輝きを見せたアジア女王たち=高校バスケ・ウインターカップ 第4日

渡辺淳二

混戦ブロックを抜け出したのは山形商

準決勝進出の原動力となった山形商(山形)の大沼美咲。リバウンドからアシストまで何でもできる選手だ 【(C)JBA】

 彼女たちはどこまでうまくなっていくのだろうか。2008年、高校バスケ・ウインターカップはそんなメッセージを強烈に伝えてくる。
 特に脚光を浴びているのが、今年の11月、インドネシア・メダンで開催された第19回FIBAアジアU−18(18歳以下)女子選手権(以下U−18)で初優勝を飾った12名のU−18女子日本代表メンバー。「アジアの女王」たちが、それぞれ自分たちのチームに戻り、高校生としての最終決戦に臨む姿を追った――。

 混戦ブロックを抜け出し、唯一ノーシードでベスト4に勝ち進んだ山形商(山形)。そこに、衝撃的な冬を送っている選手がいた。得点力、リバウンド力が光るエースセンターの大沼美咲である。U−18ではスタメンのフォワードを務めた選手だ。
「いつもはセンターとしてパスを受ける側。U−18ではパスを出すフォワードとして、センターの気持を考えてプレーした」という。
 その言葉どおり、パスのテクニックもしっかり持ち合わせているセンターなのである。強豪・中津北(大分)との初戦では18得点17リバウンドに加え、センターとしては珍しい9アシストを記録。あと1本のアシストを成功させれば、3つの部門で2けたを記録する「トリプル・ダブル」という大記録を打ち立てるほどの活躍を見せた。
 しかし、その試合の終了間際、着地と同時に足を負傷するアクシデントに見舞われる。そんな痛みに耐えながら大沼は「自分らしくプレーする」と、それだけを自分に言い聞かせて戦っていた。

 26日に行われた準々決勝で、ベスト4を決めたスリーポイントシュートも、大沼の正確なパスから生まれたビッグプレーだった。
 その準々決勝で、山形商の相手となった足羽(福井)は、鍛えられた脚力とシュート力をいかんなく発揮して立ち向かった。だが、70−75の5点差で惜しくも敗れた。
「大沼選手にやられ過ぎました。うちは2年生が主体でキャリア不足。その割には上出来ですよ」とは、U−18日本代表のアシスタントコーチを務めた足羽の林慎一郎コーチ。自身がチームから離れている間も、しっかりと練習を続けた選手たちを褒めたたえた。

アジア女王たちの冬

土浦日大(茨城)の淀野潮里は得点力にゲームコントロール力も備え、プレーの幅を広げている 【(C)JBA】

 足羽の粘りを振り切った山形商は前日の3回戦でも、シード校として有力視されていた土浦日大(茨城)を激しいデッドヒートの末、60−57で下している。
 土浦日大にも、U−18日本代表のメンバーが含まれていた。スタメンの司令塔としてアジア制覇に大きく貢献した淀野潮里である。
「(U−18では)ポイントガードとしてゲームをコントロールし、全体のバランスを見ていました。その経験で少しは、試合の流れを読むようになった感じがします」と、自身の変化をとらえる淀野。

「ウインターカップでは得点を自分が取って、みんなで守って勝ちたい」とも語っていた淀野だが、ひざの負傷で、本来の鋭い動きを見せられずに終わってしまった。それでも卓越した得点力に、ゲームコントロール力を加えたことにより、プレーの幅を広げたのは間違いない。

 U−18日本代表と自分のチーム、それぞれ違うポジションを両立させたという意味では、2回戦で足羽に敗れた昭和学院(千葉)の元山夏菜にしても同じことが言える。
 U−18の決勝・中国戦では、試合の勝負どころで3本のスリーポイントシュートを立て続けに沈め、逆転勝利のきっかけを作った選手。そんな彼女も昭和学院では一転してセンターを務め、立派に戦い抜いた。
「もっとパワーをつけて、トップレベルで活躍できるような選手になりたいんです!」
 大会前日にそう語っていた元山。意志の強さを感じさせるあの時の言葉が、今でも耳に鳴り響いている。

真の「女王」を決める戦いが始まる

 12月26日、女子準々決勝の日程を終え、ベスト4の顔をぶれが出そろった。桜花学園(愛知)、東京成徳大高(東京)、聖カタリナ女(愛媛)、そして山形商(山形)。

 これらすべてのチームに、U−18日本代表のメンバーが含まれている。そうしたことからもアジアを制した選手たちの実力の高さが垣間見える。同時に、そんなハイレベルなライバルに果敢に挑んだ高校生みんなに心から拍手を送りたい。特に、初出場でベスト8に入った金沢西(石川)の健闘ぶりは、ひときわ目を引いた。

 12月27日、28日に東京体育館で、それぞれ行われる女子準決勝、決勝。この2日間から、がぜん目が離せなくなってきた。アジアの頂点に立ったU−18日本代表のメンバーたちの中から生まれる勝者こそ、正真正銘の「アジアの女王」と言えるのかもしれない。

<了>
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著者プロフィール

1965年、神奈川県出身。バスケットボールを中心に取材活動を進めるフリーライター。バスケットボール・マガジン(ベースボール・マガジン社)、中学・高校バスケットボール(白夜書房)、その他、各種技術指導書(西東社)などで執筆。

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