中国が見据える「五輪後」というテーマ

朝倉浩之

中国スポーツ、多様化への試み

北京工業大学の校門前で案内業務をする学生ボランティア 【朝倉浩之】

「スポーツを学校の手に戻したい」――今年、大学サッカー部として初めて、中国のプロサッカーリーグ“甲リーグ(日本のJ2にあたる)”に参戦した北京理工大学サッカー部の金志楊監督の言葉である。金監督はサッカー協会“長老”の一人であり、中国を代表するサッカー指導者の一人。そんな彼がなぜ大学に? というところだろうが、その監督就任が中国教育部(文科省にあたる)の肝いりであることはよく知られるところだ。理工大学は10月27日現在でリーグ11位ながら、5勝を挙げて、プロチームを相手に健闘をしている。

 この動きと、大学キャンパスに次々と建設されるスタジアムは決して無関係ではない。そこには、早くも『五輪後』を見据えた中国スポーツの大きな変化の兆しが垣間見られる。これまでの、国がエリートを選抜して“スポーツ教育”を施す『国家主導型』のスポーツから、大学を拠点にした『学校スポーツ』中心に重点を移す――スポーツの“多様化”へ向けた試みである。

 それは、中国スポーツの頂点を担うハイレベルなスポーツ選手の育成を大学に置こうという試みだ。各大学に振り分けられた競技は、おそらく、それぞれの大学が今後、専門に担っていくスポーツとなるだろう。そこには、全国から優秀な指導者が集められ、国家の豊富な資金を生かして、高度な設備が整えられることになる。そして、アスリートの卵たちは、大学を頂点とした一般の教育システムに入り、トップを目指すというわけだ。

 そういえば、今行われているプレ五輪で、各大学の競技場の運営を行うボランティアはすべて、その大学の学生が務めている。先ほど述べた動きが、『スポーツを学校に近づける』動きだとすれば、これは『学校をスポーツに近づける』動きといえよう。キャンパスでも最近、五輪に関するスポーツイベントが行われたり、講座が開かれたりと、五輪を教育に結びつけようという積極的な動きが見られる。

「五輪は目的ではなくチャンス」の真意

 これまでの五輪は、中国にとって、メダルを狙い「愛国心」を高揚するためのものであったし、今回もその目的を否定はできない。だが、今度は、それだけにとどまらない。中国政府は、ある意味“したたかに”五輪を利用し、中国のスポーツインフラを整え、さらなる『スポーツ大国』を築くステップにしようとしている。その理想形はエリート教育一辺倒ではない多様なシステムであり、その一つが「大学を頂点とする学校スポーツ」というわけだ。

 ある体育当局の担当者は「五輪は目的ではなく、チャンスである」と語った。莫大な予算を使って、一流の指導者を集め、人材を育成し、巨大なスタジアムを次々に建設することが出来るのは、後にも先にも今だけだろう。中国の『五輪への道』は、同時に『五輪後』を見据えた変化の過程でもあるというわけだ。

 そして、そんな動きの一方で、これまで国家主導の「エリート教育」を担ってきた側もまた変化しようとしている。中国のスポーツエリートを『発掘』する役割を果たしてきた“スポーツ学校“の存在である。次回コラム(11月下旬を予定)では、スポーツエリート育成の底辺を担う国家体育局傘下のスポーツ学校への潜入リポートをお送りする。

<了>

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著者プロフィール

奈良県出身。1999年、民放テレビ局に入社。スポーツをメインにキャスター、ディレクターとしてスポーツ・ニュース・ドキュメンタリー等の制作・取材に関わる。2003年、中国留学をきっかけに退社。現在は中国にわたり、中国スポーツの取材、執筆を行いつつ、北京の「今」をレポートする各種ラジオ番組などにも出演している。

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