柴田亜衣、笑顔のなかにある強さ=競泳 女子1500m自由形決勝

折山淑美

守りに入ったパンパシでの反省

本来の姿を取り戻し、3レース連続で自己記録を出している柴田 【(C)Getty Images/AFLO】

 この大会で柴田が、自己記録更新とともに目標にしていたのは、前半から積極的なレースをすることだった。それを強く意識するようになったのは昨年8月のパンパシフィック選手権だった。
 その4カ月前の日本選手権では、腰痛のために世界選手権の派遣標準記録IIさえ突破できず、優勝無しで終わっていた。
 アテネ五輪後、初めて迎えたといっていい危機。それを彼女はパンパシのメダル獲得で乗り切った。だがそれでも彼女は不満気だった。初日の1500mでは16分11秒13の自己ベストを出したものの、ジーグラーとピアソルには最初から突き放されての3位。優勝した3日目の400mと2位になった4日目の800mは自己記録には届かなかった。
 大会が終了すると、柴田はこう言っていた。「400mと800mは前半が遅すぎでしたよね。いつもイーブンペースだけど、今回の400mのように、前半より後半の方が速い(200m通過2分04秒41。ゴールタイム4分07秒61)っていうのはあまりなかったから。田中先生(孝夫・鹿屋体育大コーチ)に『前半が遅いね。ちょっと消極的すぎない』と言われたんです」
 日本選手権で不満足な泳ぎしかできなかった彼女は無難に結果を出そうとし、いつのまにか守りに入っていたのだろう。だがそんなことでは世界には通用しない。それは重々承知のことだった。

積極性で深めた自信

 その反省を踏まえて臨んだ世界選手権。初日の400mでは04年アテネ五輪と05年世界選手権を制覇したロール・マナドゥ(フランス)には2秒58遅れる3位だったとはいえ、前半の200mは自身の持つ日本記録のペースを0秒79上回る2分01秒58で通過(ゴールタイム4分05秒19)する、積極的なレースができた。そして目標通りに日本記録更新と、自信を深める結果で気持ちよく滑り出せたのだ。

 そして彼女自身が、最も重要な種目だと思う800mに向けては……。
「1500mに出る意味というと、一番は800mが短く感じるということなんですよ。それに400mと1500mで自己ベストを出せたから、気持ちもノリノリでいけるし。800m(決勝31日)もこのままいけば、絶対に自己ベストが出ると思うんです」

 1500mでライバルのマナドゥは、8位に沈んだ。だがこの日彼女は午前中に200m自由形の予選(1位通過)を泳ぎ、午後は100m背泳ぎ決勝(2位)と200m自由形準決勝(5位通過)も泳ぐというメチャクチャなスケジュールだった。だが五輪種目であり、昨年世界歴代2位の8分19秒29をマークしている800mには照準を合わせてくるはずだ。
「800mは、負けると多分、ほかの種目より悔しいと思うから。決勝では前半を遅くて4分10秒で入るつもりです。もし10秒を切って入れるようなら、自己ベストは確実に出ると思います」

 柴田の800mの自己ベストは04年アテネ五輪で出した8分24秒54。そして山田が持つ日本記録は8分23秒68。800mでも日本記録更新となれば、彼女のひとつの目標でもある、400mから1500mまでの自由形中・長距離の日本記録を独占することになる。

 今、その可能性は高い。

好調さを支える自分らしさ

 2年前の世界選手権で柴田は銀1銅1のメダルを手にしながらも、その表情は晴れなかった。金メダルを期待される中、結果だけにこだわりすぎて、自分らしさを失っていた大会だったからだ。だが今回は、ひたすら自己新を目標にするだけの本来の自分に戻っている。
「だからといって油断しないようにしないと。結果ばかり気にして自分らしさを忘れてしまったら、失敗してしまうし。もう、2年前の失敗を繰り返したくありませんから」
 笑いながら気を引き締める柴田。彼女はダークホースとして金メダルを獲得したアテネ五輪とは違う、新たな柴田亜衣として北京五輪へ挑戦する準備を、この世界選手権でしようとしている。31日の800m決勝は、その仕上げのレースになるのだろう。

<了>

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著者プロフィール

1953年1月26日長野県生まれ。神奈川大学工学部卒業後、『週刊プレイボーイ』『月刊プレイボーイ』『Number』『Sportiva』ほかで活躍中の「アマチュアスポーツ」専門ライター。著書『誰よりも遠くへ―原田雅彦と男達の熱き闘い―』(集英社)『高橋尚子 金メダルへの絆』(構成/日本文芸社)『船木和喜をK点まで運んだ3つの風』(学習研究社)『眠らないウサギ―井上康生の柔道一直線!』(創美社)『末続慎吾×高野進--栄光への助走 日本人でも世界と戦える! 』(集英社)『泳げ!北島ッ 金メダルまでの軌跡』(太田出版)ほか多数。

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