ヤオ・ミンが注目集める、開催国・中国=五輪バスケット出場国情報(1)

宮地陽子

期待がかかる2人のNBAプレーヤー

“中国”を背負い“世界”への道を切り開いてきたヤオ・ミン 【AFLO SPORT】

 その質問に対して、ヤオ・ミン(姚明)はため息を一つつくと、口を開いた。
「これまで、同じことを何度聞かれたか分からない」
 彼にとって母国・中国で行われる北京五輪がどれくらい大きなことかを聞いたときだ。
 いつもと同じ質問を繰り返し聞かれたことに怒ったりあきれたのではなかった。その質問を聞かれるたびに自分の気持ちをピタリと表現する言葉を探すのだが、いまだに見つけられないことに対するため息だった。
「いつも新しい言い方を考えているのだけれど、どうもいい表現が思いつかない」とヤオは途方にくれたように言った。
「とにかく言えることは、僕らにとって(北京五輪は)とても大きなことだということだ。来年8月に中国に行けば、人々の情熱を感じてもらえると思う」

 北京五輪に向けて盛り上がる中国で、特に注目されているのが、このところ大人気のバスケットボールだ。これまでの中国は、アジアの中では頭一つ抜けた強さを誇りながら、世界に出ると米国やヨーロッパの強豪に太刀打ちできなかった。しかし、長身(229センチ)ながら、その割に機敏な動きができるヤオがドラフト1位指名でNBAのヒューストン・ロケッツに入り、エリート選手たちと競えるまで成長したことで、代表チームに対する期待や人気も一気に高まってきた。
 今シーズンはさらに、若手のイー・ジャンリャン(易建聯)がドラフト6位でミルウォーキー・バックスに入った。ヤオとはまったく違うタイプの選手で、213センチのサイズながら外からのプレーも器用にこなす、いわばヨーロッパ・タイプ。来年の北京五輪では、ヤオとともに中国代表を引っ張ることを期待されている。
 二人には、いつもそれぞれ10人近い中国人メディアがついてまわっており、毎日のように本国にニュースを発信している。
「バスケットボールは、中国で一番人気があるスポーツと言ってもいいくらいになってきたんだ」とヤオも誇らしげに言う。

“ヤオ効果”で光を浴びたイーの才能

 中国バスケットボールにとって、NBAでの活動と代表活動には強い結びつきがある。かつては個々の選手が海外に出ることに対して積極的ではなかった中国バスケットボール協会だったが、北京五輪という目標に向けて、これまでと同じことをやっていては世界と渡り合うことはできないと方向転換したことで、ヤオのNBA入りの戸が開かれた。ヤオがNBA入りしたのが、北京に五輪開催権が与えられた翌2002年だったことも、イーがNBAに入る許可を当局から得たのが北京五輪を1年後に控えた今年だったことも、まったくの偶然というわけではないのだ。
 ヤオは、代表チームの後輩であるイーのNBA入りについて「中国ではすでに敵なしの状態だったから、上のレベルにあるNBAに来るのにいいタイミングだった」と評した。「NBAでプレーし、学ぶことでさらに上達することができるから、来年夏に中国に戻ったときにさらに代表チームに貢献することができると思う」とも言った。

 これは、そのまますべてヤオが5年前に経験したことでもあった。実際、NBAで世界のトップクラスの選手たちと対戦して成長したヤオが、年々代表チームの中でも存在感を大きくしていったからこそ、イーにとってもNBA入りの道が開けた。
 後輩のイーのNBA入りに際して何かアドバイスしたかと聞くと、ヤオは首を振り、「彼は賢い選手だから僕のアドバイスは必要ないよ」と笑う。「それに」と言うと、「彼から見たら僕は年寄りだからね」ともつけ加えた。
 27歳のヤオと21歳のイー。二人の年齢差はたった6歳なのだが、ヤオが自分のことを「年寄り」と呼びたくなる気持ちも分からなくはない。それだけ二人の間には世代差を感じる。これは、それだけ中国バスケットボール界が動いていることの証でもある。

 中国人にとってNBAがまだ遠い夢だった中から出てきたヤオ(※)と、ヤオの活躍でNBAが身近で現実な世界となった中で育ってきたイー。NBAデビューを前にした二人の気持ちの違いがその差をよく表している。
 5年前、ドラフト1位指名選手として鳴り物入りでNBA入ってきたヤオは、当時、かなり大きなプレッシャーと不安を感じていたのだという。
「何分プレーできるのか、新しい環境に慣れることができるか、1年目で国に帰されないか心配していた」とヤオは言う。今では笑い話だが、実際、デビュー戦のヤオは緊張で惨憺(さんたん)たる結果だった。控えから11分に出場、最初にボールに触ったときにターンオーバーを犯し、3ファウルを取られ、1本だけ放ったシュートも外した。
 対するイーは、そんなプレッシャーとは無関係に、開幕戦から先発出場という大役ながら、飄々(ひょうひょう)とプレーしている。NBAで最初に放ったシュートを決め、開幕5戦目で先輩ヤオ率いるロケッツと対戦したときには19得点を挙げている。

※ヤオの前にもワン・ジジやメンク・バターがNBA入りしていたが、どちらも脇役にすぎなかった。

目標は過去最高を超える6位以内

 世代も性格も違う二人だが、オリンピックでの目標だけはまったく同じ、「6位以内」と口を揃えた。メダル獲得でもなく、あるいはベスト8でもなく、なぜ「6位以内」が目標なのだろうか?
「これまでの中国チームの(オリンピックでの)最高成績が8位(1996年、2004年)でしたから、6位になればそれより前進することができたということになるからです」とイー。
「私たちの目標はオリンピック史上で一番いい成績をあげることなのです」とヤオ。
 メダルにばかり注目が集まるオリンピックにおいて、意外と堅実な目標だ。もちろん、世界の強豪の中で6位以内に入ることは決して簡単なことではないが、まったく手が届かない目標というわけでもない。NBAで鍛えたヤオとイーの活躍、そして熱狂的な中国ファンの「加油!」の応援があれば。

<了>
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著者プロフィール

東京都出身。国際基督教大学教養学部卒。出版社勤務後にアメリカに居を移し、バスケットボール・ライターとしての活動を始める。NBAや国際大会(2002年・2006年の世界選手権、1996年のオリンピックなど)を取材するほか、アメリカで活動する日本人選手の取材も続けている。『Number』『HOOP』『月刊バスケットボール』に連載を持ち、雑誌を中心に執筆活動中。著書に『The Man 〜 マイケル・ジョーダン・ストーリー完結編』(日本文化出版)、編書に田臥勇太著『Never Too Late 今からでも遅くない』(日本文化出版)がある。現在、ロサンゼルス近郊在住。

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