J2を席巻した広島の強みと課題
広島のパスサッカーを支える「鳥かご」
広島昇格の最大の要因は、ペトロヴィッチ監督の続投だった 【Photo:築田純/アフロスポーツ】
6〜7人の選手たちで小さな円を作り、その中に2人の「鬼」がいる。外側の選手たちは、その鬼にボールを奪われないよう、1タッチでパスを回す。
この練習は、どこのサッカーチームでも行われる定番中の定番。だが、広島が“特異”なのは、ほかのチームではウォーミングアップ的に行われている「鳥かご」を、毎日30分以上続けることだ。
例えば槙野智章は、ユースのころは足下の技術に自信がなかった。しかし今では、相手のプレスを落ち着いてさばき、精度の高いパスを出せる。その理由を、彼は「鳥かご」の効用だと言う。
「鳥かごを毎日、長時間やり続けることで、相手のプレスの逆を突けるようになりましたし、プレッシャーの中でも自然と顔が上がってきたんです」
広島の練習メニューには、もう一つ特徴的なものがある。
ペトロヴィッチ監督は「攻撃」「守備」などのパーツごとに分けた練習や、DFを置かずにやるクロス・シュート練習は、ほとんどしない。代わりに多くの時間を割くのが、ハーフコートでの11対12や11対13など、トップチームを数的不利な状態にして行う実戦練習だ。
この練習中は、常にルールが変わる。ゴールから約15メートルのところにマーカーを置き、「サテライト組の守備ラインはこれ以上、下がってはいけない」と決めて、より前からプレスを掛ける形をとったり、「1タッチリターンなし」「(最終ラインを示した)マーカーを超えるまで1タッチ」「FWはフリータッチ、ほかは1タッチ」などの細かいルーを次々に設定。選手たちに常に、厳しい条件を突きつける。
「練習の方が、試合よりもプレスは段違いに厳しい」(高萩洋次郎)という状況では、常に複数の選択肢がないと、すぐにボールを奪われてしまう。ルールや状況の変化にもついていけない。ペトロヴィッチ監督就任以来ずっと続けてきた、こうした練習こそが、最終ラインからボールを大切に扱う「広島パスサッカー」の原点である。それは今季J2を席巻し、選手たちも練習を通じて確かな成長を実感していた。昨年にチームが降格した際、多くの選手が監督の続投を望んだのも、そういう手応えがあったからだ。
チームを大きく成長させた「自分で考えるサッカー」
この前代未聞といえる「降格監督の続投」こそ、選手流出を最小限に食い止め、さらには「J1復帰の要因」(本谷祐一サンフレッチェ広島社長)となった。というのも、この施策により「戦術の継続性」が保たれたことで、広島のパスサッカーがさらに成熟の途を歩んだからだ。
今季の広島は春のキャンプから、森崎和幸、柏木陽介、青山敏弘、高萩、高柳一誠、そして盛田剛平と、主力選手たちが次々と負傷。主力不在の影響は、少なからずゲームのクオリティーに影響し、特に森崎和不在となった開幕からの7試合は、ヴァンフォーレ甲府戦の1敗だけだったものの、内容的には苦戦を強いられた。
しかし、それでも鹿島アントラーズを破ってゼロックス・スーパーカップに優勝。開幕以降も勝利を重ねられたのは、選手全員にコンセプトが浸透していて、替わりに入った選手たちが機能できたからだ。そこに、森崎和や柏木らの主力が戻れば、クオリティーがさらにアップすることは自明である。
このコンセプトの徹底と継続は、選手たちの成長とともに、副産物を生む。それは「選手たちが自分で考えるサッカー」だ。
例えば、広島は攻撃時にはボランチの森崎和が最終ラインに下がり、ストッパーの槙野や森脇良太が大きくサイドに広がる。サイドハーフの服部公太と李漢宰はFWに並び、2人のストッパーはFWのラインを追い越して得点に絡む「アタッカー」に変ぼうする。このスタイルは、J2守備陣の恐怖の対象となった。