変わるフランス、変わらぬ指揮官=2010年W杯欧州予選
“ドメネク1号”と“ドメネク2号”
これまでも数々の危機を乗り越えてきたドメネク監督(中央手前)。ユーロ2008での惨敗にも留任が決まったが…… 【Getty Images/AFLO】
サン・ドニには、もちろんロッカーが2つある。ホーム用とアウエー用だ。では10年前、ホスト国フランスが歓喜に酔いしれた部屋はどちらのものだったか。実は、意外にも「アウエー用」なのだ。決勝の前に行われた抽選により、フランスが「アウエー」、対するブラジルが「ホーム」のロッカーを使用したのである。
W杯が終わると、フランス代表は再び「ホーム」のロッカーを使う日々に戻った。ユーロ(欧州選手権)2000でトロフィーを掲げ、2002年W杯で失意のグループリーグ敗退を味わい、ユーロ2004ではベスト8で姿を消したフランス。その間ずっと、サン・ドニのアウエー用ロッカーは対戦相手のものだった。しかし2004年以降、フランス代表は再び縁起のいい「アウエー」を使用することになる。W杯優勝からちょうど6年が過ぎた2004年7月12日、就任してすぐに「ロッカーを換えよう」と提案した人物こそレイモン・ドメネク、現フランス代表監督だ。
初采配(さいはい)のボスニア・ヘルツェゴビナ戦では、実に5名もの新しい顔ぶれを一気にピッチに送り出し、それでもチームの若返りがうまくいかないと見るや、代表引退の意思を固めていたジダン、テュラム、マケレレを呼び戻し、エキセントリックな発言で数々の論争を巻き起こしてきたドメネク監督。「星占いで先発を決めている」といううわさが真実かどうかは定かでないにせよ、ロッカーのエピソードが示す通り、細かいジンクスを大事にするタイプであるのは事実である。
2年前、代表100キャップ目を迎えようとしていたMFビエイラが、『レキップ』紙にてドメネク監督の性格を描写したことがある。だが一言では収まらなかったらしく、何とビエイラは、指揮官を“分割”した。
いわく、“ドメネク1号”は「少しも話し合おうとせず、すべてを変えようとしてフランスの主力を排除する人」。そして“ドメネク2号”は、「開かれた心を持ち、理解力のある人」だそうだ。つまりMFピレスやジウリー、最近で言えばFWトレゼゲを頑として外し続けたのは“1号”。世間が疑問視しても高齢のベテランを信頼し続け、大事な2010年W杯予選の初戦・オーストリア戦でひどいミスをしたDFメクセスをかばったのは“2号”ということになる。
さすがはキャプテン、ビエイラの監督をよく理解している慧眼(けいがん)には舌を巻く。1人の人物だと思うから混乱するのだ、最初から2人いると思えば不可解な言動も納得が行く……などと皮肉を言う世間も気にせず、ドメネク監督はいくつもの危機を乗り越えてきたわけである。
ドメネク監督留任の不思議
ドメネクvs.ウリエと言えば、代表選手の招集に関するいざこざだけでなく、フランス協会技術委員長のポストを争った間柄でもある。ただ、エスカレット協会会長が「技術委員長と代表監督は、絶対に兼任させない」と譲らなかったため、ちょうど(?)2006−07シーズン限りでリヨンを去ったばかりだったウリエ氏が晴れて勝者となったのだ。あくまで例えばの話だが、「野心溢れるドメネク監督をフリーにすれば、将来また必ず自分の邪魔になる」とウリエ氏が考えなかったかどうか。
そんな邪推はともかく、フランス協会もただで留任させたわけではない。ドメネク続投には、いくつか条件がついた。監督が試合のみに集中できるよう、試合運営など細かい部分を担当する事務局長を置くこと。監督だけに権限が集中しないよう、諮問機関「クラブ・フランス2010」を設置すること。見ていて楽しい攻撃的なフットボールを観客に提供すること。メディアなど、外部とのコミュニケーションをおろそかにしないこと。なお、これには「フランス代表が国民の愛を取り戻せるよう、選手を含めて全員が記者会見や国歌斉唱の際にはきちんとした態度を取ること」というのも含まれる。こんなことをわざわざ条文化しなくてはならないほど、本当にフランスのイメージは地に落ちたのだ。
これらすべてをドメネク監督は受け入れ、「フランスは変わる」と約束した。もっとも「クラブ・フランス2010」の始動を提案したのはドメネク監督自身だし、「守備的な監督」と批判されても「私がかね? いつから?」と本人は全く不本意な様子なので、それほど難しい合意ではなかったのかもしれない。
だが、エスカレット会長が否定し続けた「2010年W杯欧州予選の最初の3試合で、勝ち点を最低5取らなければ留任は白紙」という“幻の条件”の重圧は、やはり大きかった。9月6日のオーストリアとの初戦を1−3で落とした4日後に迎えたサン・ドニでの2戦目。セルビア戦の結果次第では、ドメネク監督の首はかなり危ういと思われていたのである。